金・自由・健康だけが幸福ではない|バリエーション豊富でオーダーメイド的な本人固有の感覚

246沿いの青山エリアのマンションに住んで、マセラッティーあたりに乗って優雅に暮らす。

こんなのを最高の幸せ、と思っていました(今でも思ってますけど)。

でも、幸福とはそんなに底が浅い物ではないのです。

貯蓄が無いから不安が募るのだと思ってド残業で500万貯めても不安は消えない。

金の問題じゃなかったのかとカウンセリングを受けても一向に改善しない人もいるんです。

 

忙し過ぎるのにちっとも貯金など増えない高校教師が、教え子が直木賞を受賞して涙を流す。

教師冥利に尽きます、、、と。

幸せのバリエーションは驚くほどさまざまなのです。

ここでは、幸せとは何か?

えっ?ウソだろ!という幸福感についても言及してゆきます。

 

子供の成長は幸福のバロメーターだが、その先にある失敗通告とは

 

子供の成長を一番の幸せと感じている親はいつの時代でも少なくないはず。

なにを置いても子供

普通に世話をしていれば成長はするのです。

ウチの息子もすくすく成長したし、隣の娘もあっといく間に大きくなくった。

犬や猫ほどのスピード感はないけど、とにかく大きくはなっていくものです。

ハラハラしたり笑ったり、泣いたり、心配したり、喜んだりが幸福感。

でもその子育てが成功だったか、失敗だったかがうやむやなうちに年老いていく親は幸せ。

時として、就職して2年目に突然退職し引きこもりに入ったり、30歳過ぎてからギャンブル依存症にのめり込んで借金を重ね、出来心で犯罪に走ったりすることもある。

成長を幸福感として味わったのちに、急転直下、自分の育て方が悪かったのだと自己嫌悪に陥る人もいるのです。

  

自己実現による幸福感

 

目標達成は誰にとっても嬉しいものです。

コンピューターウイルスを除去する最新のウイルスバスターを作り上げたプログラマーにとっての幸せとはいかなるものか?

既存のいかなるウイルスバスターの網の目もくぐり抜ける筋金入りのコンピューターウイルス。

最後の最後にこの難敵ウイルスをとっ捕まえたとしたら、それこそPE冥利に尽きるって幸福感に包まれるでしょう。

ハッピーというより『してやったり』という感覚。

腕まくりしてあらわになった筋肉が素早くキーを叩く指の動きと連動するのが目に見えるようです。

もし、最新のウイルスバスターが完成し、その道の玄人が大絶賛したとしても、実際のウイルスがみな既存のバスターで一網打尽され、最新作にまで到達することがなかったとしたら幸福感は得られない。

じっと新種のウイルスを待つうちに、それが1年も2年も続くとしたら、既存のウイルスバスターでは太刀打ちできないウイルスそのものの開発にこっそり着手しそうで怖いのです。

大丈夫、オレの作ったバスターが最後の砦になるのだから、とブツブツ呟きながら作業するわけです。

 

問題発生で幸福感に引火しやたらとはしゃぐ人

葬式で昔の友達とひさしぶりに対面して、場をわきまえずにはしゃいでしまう場面を見た事ありませんか?

気持ちは分からずでもないですが、、、。

ワタシの職場に、問題勃発でやたらと張り切る(なかば、はしゃくぐ)人がいるのです。

取引先から同僚宛てに怒りのクレームなんかが入ると、いきなりやる気モードのスイッチがオンするのです。(自分の問題のときは、はしゃがない)

サブちゃんの『祭り』でも歌い出しそうな雰囲気でその場を仕切ります。

  1. 急ぎ取り引き先の怒りを鎮めるために、謝罪訪問する人は誰と誰。
  2. クレームそのものの対応をする人は誰。
  3. 社内向けのレポート作成の為の原因究明の打ち合わせの司会は本人が買ってでて、そこに参加するメンバー3人くらい選定する。

とりあえず、事態は解決の方向に向かうものの、③の原因究明の打ち合わせは完全に本人の道楽です。

問題に至った事柄を時系列に並べなら、些細な事まで挙げ連ねて、ああでもないこうでもないと問題の片りんとじゃれ合うのです。

これが彼にとっての最大の幸せなのかと思わずにはいられない。

 

面倒から目を背けて幸せを感じる

 

家庭に問題がある一家の主が、仕事、仕事、仕事、仕事で家庭を顧みないなんてよく聞く話ですね

奥さんに丸投げしているんです。

子供が非行に走った

親が認知症になって近所を徘徊する

出戻りの妹が部屋に引きこもって出てこない

 

こういう問題って手離れが悪いからまともに組み合うと結構辛いんです。

それだったら、オレをワーカーホリックさせてくれ、オレの居場所は会社にさせてくれ、ってわけです。

このご亭主にとってみると、上記の3つの問題はまだ温い状態なんです。

目を背けたままで解決するとは思えないけど、かといって直接手を下すほどヤバイとも思っていないわけですね。

だから、見て見ぬふりをする。

もっと大切な問題がある、といって仕事に没頭しちゃうわけです。

不幸の中にいながら、不幸と直面せずに誰も羨ましがらない幸福を得ている人もいるんです。

 

不幸の中での幸福感

 

ワーカーホリックに逃げるのも一案といえば一案ですね。

でも、実際に不幸の中にある幸福感って色々なところに転がっているものです。

犯罪で逮捕され刑務所に服役しながら、仲間をつくり出所までの数年間を穏やかに過ごす。

会社をリストラされ、友達もできず、これといった趣味もなく自暴自棄となってクルマでコンビニエンスストアに突っ込んだ。

そんな投獄前の生活に比べれば刑務所での生活は幸福なのです。

毎日の労働も、単調な作業でありながら昨日より今日、今日より明日の方が効率もいいし、腕も上がっているとモチベーションも上がる。

なんで犯罪者になる前に、こういう感情を得る事ができなかったのだろう。

せめてもの救いは、人殺しにならなかった事だ。

それだけは神様に感謝しなければならない。

こんな幸福感もあるわけですね。

 

匠の技vs全自動

 

フェラーリをイタリア最高の民芸品と言った人がいました。

一台一台ていねいに匠の技を生かして作り上げていくまさに民芸品であると。

それに比べ得ると、日本の自動車会社は誰が製造現場に携わろうと同じ品質のクルマがオフラインされてきて、それがあるべき姿だとされています。

フェラーリは匠一人ひとりが高品質のクルマを作る事に幸せを感じ、日本はクルマの生産設備を造り・メンテナンスする人達が幸福感を味わうようになっている。

製造現場に誰が配置されようと同じ品質のクルマが出来上がるのだ、と。

でも、これって日本の自動車会社の製造現場に限った事じゃないんです。

企業がリスクヘッジとして一番重きを置くにが、仕事のマニュアル化なんです。

誰が休暇をとっても、マニュアルさえあれば代用が効くという仕組み。

だから上からは、なにか問題が発生するたびにマニュアル通りに仕事したのか?って言ってくる。

与えられた仕事を決められた時間内に間違わずに終わらせる事に幸福感を抱き、下手に時間で競争などすると、かえって自分の首を絞めることになるのです。

 

まとめ

 

幸福感とは画一的ではなく、どんな人でも幸せを感じられるだけのバリエーションがそろえられている。

金と自由と健康は典型的だか、それだけじゃない。

手に職のある技術者が幸福感を得るとは自己実現と表現されるが、表現の仕方を間違えると技術力が高いが故にヤバイ犯罪へと発展するかもしれない。

他人の問題に首を突っ込んで、解決するのが半分、問題の断片を挙げ連ねてじゃれあって楽しむのが半分の人。

我が子や、教え子が立派に育つのが一番の幸せだと感じる親、教師は美しい。

でも、巣立った子が犯罪に手を染めた場合とき教師は落胆し、自分に全ての責任があると考える。

ましてや、親に至っては育児失敗とフルマラソンみたいに長い道のりの最後にNGを食らい、取り返しのつかない気持ちに突き落とされる。

幸福とは何に喜びを感じるかによって、オーダーメイド的にきまってくる本人固有の感覚なのです。

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