時が解決すると割り切る生き方|鈍感力を強みに変える人と無責任に問題を放置する人の違い

「その問題だったら時が解決してくれるよ」とはどんな意味でしょうか?

幾つかパターンがありますね。

失恋の悩みだったら時間の経過とともにフラれた事実を受け入れられるようになる。大好きだった相手の記憶も次第に薄れてゆくという意味です。

夫婦喧嘩だったら、2,3日もすれば妻も夫も怒り心頭した気持ちが落ち着いて冷静に喧嘩の原因を思い出して解決に導く事ができるようになるという意味。

こう書くと問題なんて遅かれ早かれ時間とともに自然と収束するもの、と悠長に構えてしまいますね。

確かに!

でも要注意なんです。

真逆のパターンだってあるのです。

ズボッと足を取られる落とし穴があちこちに散在しているんです。

ここでは理想どおり時が問題を解決してもらいながら生きる人と、問題を放置して迷惑を掛けたり、地獄を見たりする人について解説をさせて頂きます。

  

記憶が薄れる・頭が冷える

 

抱えていた悩みの記憶が時間とともに薄れると言いますが、脳は無意識のうちに覚えておくべき記憶と忘れて構わない記憶を取捨選択しています。

「これは自分にとって必要な事だから覚えておく、これは不要な事だから忘れてかまわない」と。

前述した記憶の風化は、不要と判断された事柄が時間とともに遠い過去のものとなっていくわけです。

でも、時間が解決してくれることって記憶だけじゃないんです。

 

生き物には自然治癒力が備わっています。ある程度の怪我や病気なら時間がたてば元通りに治ってしまう生命力のこと。

 

自然治癒力が働いて

 

だいぶ前の話ですが、海で転んで割れた貝殻が膝にめり込んだ事があるんです。

岩場をビーチサンダルで歩いていたらヌメヌメした岩に足を取られてスッ転んだ。

で、散らばっていた貝殻に膝をついて、尖った破片が幾つか膝に食い込んだんです。

急いで水道水で膝を洗い流し大きなものは自分で取り除いたのですが、細かい貝殻が奥の方まで刺さっていて取れないんです。

この時に頭をよぎったのが自然治癒力です。

消毒しておけば自然と治る、という考え。

でも、一方で昔誰かから聞いたヤバい話が思い出されたんです。

指に刺さった棘がなかなか抜けず放置した結果、血管に侵入し、身体じゅうを巡回しながら最後に心臓に達し、心臓に刺さってしまったという話です。

もしかしたらこの貝殻の破片も膝から奥へ奥へとくい込んでいき、血管を通じて心臓に達してしまうのではないかと。

さて、実施はどうでしょうか?

翌日、職場の近くの整形外科を受診しました。

事のいきさつを説明し、友人から聞いた棘の話をして怖くなり受診した旨を告げると、先生はまるで鼻で笑うかのように言ったのです。

「痛いけど傷口を切開して貝殻を取り除くか、もう一度消毒して貝殻が出てくるのを待つかのどちらかですね。身体の内部へと侵入することは有りませんから」

人間の身体は外部からの侵入物を外へ排出するようにできているとの事でした。これも自然治癒力の一種なのです。

 

自然に解決するかのような雰囲気

生命体でなければ、壊れたものが自然と修復することはありません。誰かが手を加えない限り壊れたまま。

自動車のタイヤがパンクしてしまったら、修理しない限りそのままの状態が続くでしょ。

でも、人間社会としての治癒力が働くんです。

タイヤがパンクしたクルマが道路脇に放置されていたら邪魔だし交通の迷惑になるから、警察が撤去してくれる。

(ナンバープレートから持ち主を調べ上げて、後でレッカー代を請求してくるはずですが、、、。でも、それがクルマの盗難届が提出されていれば、持ち主にレッカー代のツケは回すわけにもいかず警察の持ち出しとなる。)

子供の頃、自転車のタイヤがパンクしたのをそのままにしておくと、親がいつの間にか修理してくれていました。修理したのは親と分かりつつも、どこか自然治癒力のようなものを感じていました。

 

この人間社会における自動回復力を多くの人が当てにしているんです。

何の根拠もなく、『そのうちなんとかなるんじゃないの』って言うでしょ。

あれって全人口がみんなそろって「そのうちなんとかかるよ」と思っていたら絶対に解決しないのです。

問題を放置できない性格の人がどこの社会にもいて、オレがやらずに誰がやるんだ、と必殺仕事人みたいに出てくるわけです。

姉御肌とか、ボランティア大好き人間とか、町内の風紀委員みたいな性格の人たちです。

こういうタイプがいるのを分かっていて、無責任に「そのうち~」と口をついて出てきてしまう。で、本当になんとかなってしまうわけですね。

 

放置して悪化するパターンとは

 

自然治癒力や社会における自然解決とは真逆に、大丈夫だと高を括っていて酷い目に遭うこともあるのです。

芽のうちに摘んでしまわないと後々厄介になる病気に、癌、血管の詰まり、依存体質(アルコール、ギャンブル、薬物、買い物、ワーカ―ホリック等々)があります。

これらの病気でも初期段階ならさほど問題なく完治できる。

癌や血管系は発見が早ければ、処置の難易度も低いし患者自身の痛みも少ない。

でも、依存症系だとちょっと様相が変わってきます。周囲の人々は危険信号を感じ取っているのに、当の本人がそれを認めようとしない。

「酒飲み過ぎだよ」と注意しても、好きで飲んでいるから止めようとしない。ギャンブル、薬物、買い物、仕事、全部自分からのめり込んでいくのです。

本人的には、まだこっちの世界に引き返せる自信があるわけです。でも、実際には限界値は超えていて、専門医に診せなきゃ危険だと家族が感じたときには既に脳内に依存症回路が出来上がっているわけです。

癌でステージ4から奇跡のカムバックした人、脳梗塞・心筋梗塞からみごとに立ち直った人だってたくさんいます。

覚悟と根性で持ちこたえられる病気です。

でも依存症は覚悟や根性を司る脳そのものを支配しちゃうから、依存物との共存は無理なんです。

一生、酒は飲まないと決心してアルコール依存症に踏み込まぬようストイックに生きるしか道はない。

コップ三分の一のビールがまるでガソリンみたいに脳内で爆発して当の本人を支配します。

はっきり言って自滅です。

 

不安症のイマジネーション

 

自滅パターンをもう一つ。

イマジネーションが活発な人は、いつもボーッとしている自分みたいな人間からすると羨ましい限りです。

でも、イマジネーション力が低くてよかったと思うこともあるんです。

不安が不安を呼ぶタイプですね。

病的とは思わないけれど、気苦労が絶えないなあって思う人いるでしょ。

仕事で取引先の人と打ち合わせをする前に、相手が発する質問を予想して下調べをしているんです。

基本的な事柄に関して誤った情報を口にしない為ならいいのですが、1時間も2時間も自問自答しだすと「性格的にこの仕事向いていないんじゃない?」って思わざるを得ない。

旅行に行く準備をしていても「足りないものはないか、現地でトラブルが起こった場合はどこに連絡すればいいか、家族のもとを離れるわけだからいつでも連絡が取れるようにしておかなければ、、、」とこれも気苦労が絶えないんです。

このタイプの人は何かにつけ用意周到でないと気持ちが落ち着かないのです。

不安が不安を呼ぶイマジネーションです。

旅行を楽しんでいる間でも明日の予定を気にしている。

結局、無事家に帰ってくるまでは気苦労が絶えない。

旅行という時間が終わったところでホット安堵するような、人生を楽しめないタイプなんです。

 

誰しもいずれ死を迎える

 

もがき苦しんだけれど問題が更に悪化して自分の手には負えなくなったとき、誰かに助けを求めるか白旗を上げるかは本人の性格次第ですね。

無責任なのはどちらでしょうか?

答えは、誰にも迷惑をかけず死んでしまおうする人の方です。

考え方が自分勝手なんです。

誰しもいずれ死を迎えるのはやむを得ない現実。

でも、『死んでお詫びを』がまかり通るなら、人の肩に重くのしかかった数々の問題は所詮遅かれ早かれ消えてなくなるわけです(負の遺産を遺族に回す場合も多々ありますが)。

ここから先は自分とは無関係だから、と問題を切り捨てるように死んでしまうメンタルの甘さがそもそもの問題なんです。

 

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