英語が聞き取れない|頭打ちのリスニングの原因はカタカナ発音にある

たしか『英語は絶対に勉強するな!』というタイトルだったか、ドビックリの書籍がありました。

斬新!かつ、大きなお世話。

読んでいないので、その内容を推測してみたんです。

語学だから「習うより慣れろ」と言いたいのでしょう(たぶん)。

で、実際にその本の趣旨がそうだとしたら(習うより慣れろ)、大きな盲点があるのです。

いつまでたっても英語が聞き取れないというリスクです。

リスニング力が頭打ちになってしまうんです。

一度、日本語に慣れてしまった脳はある程度の強制力をもって二か国語目を習得しにかかっか方が断然効率的なのです。

 

習うより慣れろ、じゃ英語力は身に付かない

 

職場の同僚でアメリカ支店に出向になった同僚がいたのです。

5年くらいデトロイトにいて、既に帰国しているのですが、ほとんど英語力の向上無しで帰ってきました。5年間もアメリカに住んでいても英語が、身につかない人はいるんです。

 

部署は総務部で、取り立ててアメリカ人とのやり取りがある職種でもないんです。彼をアメリカに出した会社側の意図は、「総務部でも海外転勤ができますよ」と若い社員向けのアピールだったのでしょう。

 

カタカナ発音がリスニング力を頭打ちにする

 

日本語ペラペラの人が英語を習得するのは、赤ちゃんが初めて母国語を吸収していくのとは全然違うんです。

渇いたスポンジが水を吸収するようにはいかないんです。

既に言語中枢に先住者がいますから、彼らからの反発が立ちはだかるんです。

英単語の発音を中学校の授業で習いますね。日本語には存在しない音や口、舌の使い方がたくさんあってすごく厄介です。

でも、それを理解した人と、していない人とでは後になってヒアリング力に雲泥の差がついてくるんです。

 

RとLの音の違いがわからないと、前後の文脈から想像して選択肢の中から意味を察するしかないんです。下記の日本語と英語の音の違いも同様です。

音そのものを聞き分ける耳を持っていれば、ストレートに意味が分かります。でも、聞き取れなければ幾つか候補となる英単語を頭で思い浮かべて、話の筋から単語を推測することになるんです。

 

アとエの間の音。

ウに近いアの音。

前歯で舌先を挟んで音をもらすスの音

下唇に歯を当てて息を殺すブの音

 

聞き取れない人は、これらの音を強引に日本語として存在するカタカナの音を使って覚えています。だから高校生くらいになってネイティブの話しについていけないんです。知っている単語なのにリスニングできないもどかしい状態に陥ることになるんです。。

 

もっと最悪な事態は、日本語には存在していない音が連発された時です。英語を聞いている認識はあるけれど意味が全然理解できないんです。瞬時に「もしや耳が急に衰えたのか?」と自分の能力を疑ってしまうんです。

黒人の独特なイントネーションや南部のクチュクチュとした発音なら「クセが強いなあ」と自分で納得できるんです。でも、日本語に無い音だと原因が分からず焦るんです。

 

自分で強制的にやるしか無い

 

アメリカンスクールの生徒なら日々の友達との会話が耳に自然と入ってきます。だんだんと自然な英語に慣れていって、話す英語もスムーズな発音、イントネーションへと磨かれてゆきます。

でも、残念ながら生まれながらのネイティブとは違うんです。
アメリカ人は「かなり本物に近い」って評価してくれる。でも「かなり本人に近い」ってことはネイティブとは思えないってことなんです。

そこを詳しく説明してもらった事があるのですが、こっちが理解できないくらい微妙で要領をえなかったので質問を変えてみたんです。

「彼らはどうやってネイティブに近い英語を会得きたと思う?」と。

すると、

「母国語には存在しない英語の音を徹底的に覚えたんだろうなあ」と。

ハリウッド映画にも東洋人が登場するケースがありますね。彼らのセリフを聞いているとさすがに発音はアメリカ人と遜色ない。それでも、注意深くよくよく聞いてみてください。確かにアとエの中間音や、アとウの中間音を自然に発しているんです。でも、その部分が少しあからさまになんです。

勉強の痕跡が見えてくるんです。

これって、中学校や高校からアメリカ人と友達になった人にありがちな特徴なんです。

自分で強制的に発音を勉強しようと努力しないとこれはできません。

脳に定着した母国語の中から、近い音を探してしまうクセから抜け出せないんです。自分から強制的にジャパニーズイングリッシュから手を切ることで、リスニング力は格段に伸びるし聞き取れない音が無くなってくるんです。

カタカナになった英語

 

日本人が日常会話で使う方かが英語がリスニングを邪魔してしまうこともあります。

音とは別の単語そのものの意味に関してです。

「知らない!」をNo idea.って表現するんです。I don’t know. と同じ意味で使う。

Ideaという単語のニュアンスが日本語と英語だと少し違うんです。

 

「頭がいい!」をSmart!って言います。体形がスマートという意味じゃなくて頭が良いという意味。

日本語でコンプレックスって言うと劣等感とか自己卑下みたいな精神的な問題を言うけれど、英語での意味は複合体だから、耳にした瞬間に別のイメージが頭に浮かんでしまいます。

 

WEB検索するとたくさん出てくるので自分なりに整理して強制的に覚えておくしかないんです。日本語を身に着けてしまった以上、カタカナ英語の本当の意味が自然と身につくまで英語に触れるよりもまとめて覚えてしまった方が全然効率的なんです。

まとめ

 

「英語は習うより慣れろ」という思想を否定する内容で記事を書かせて頂きました。

それは、4,5年アメリカに住んでも英語が全く身につかなかった同僚を思い出したからです。

デトロイトにいながら現地のアメリカ人と接する必要のない仕事だったのが原因かもしれません。職場では日本から来て駐在している日本人としか会話をしないし、家に帰れば奥さんと子供と日本語で話すわけです。テレビだってNHKは映るし、野球やカッカーは言葉なんてわからなくても楽しく観れるんです。

彼にとってはアメリカに住んでいながら、英語を強制的に使わなければならない状況にはなかったわけです。だから頭に定着した日本語が幅を利かせて英語に付けいる隙を与えなかったというわけです。

 

それなら日本語が通じない環境だったらどうなのか?って事になってきます。
単身赴任で職場にも日本人は一人もいないとしたらどんな行動にでるでしょうか?必死に辞書を引きまくり、そこに記載された発音(カナタナ)をノートに書き写す事になるでしょう。

でも、周りいる親切なアメリカ人が、ノー、ノー、フゥーム とか イッ、エップゥとかこまめに訂正してくれるとだんだん分かるようになるんです。

脳に蓄積された日本語のカタカナを強引にひねって英語の発音を文字にします。強制的に全く新しい音として受け入れることで、英語力の頭打ちを避けることができるんです。

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