相対的幸福論のすすめ|あんときに比べりゃどーって事ないじゃん

絶対音感って凄い!

目の前の茶碗を箸で軽く叩いたチーンっていう音の音階が分かるんだ。

今のチーンはファだな、とか。

コップを叩いて、ハイこれはミ、とか。

ほとんどの人は、音を相対的に認識していて、ドレミファ、、、と音を順番に並べることで音階を感知するんです。

人の喜怒哀楽もそれに近いところがあって、「超ムカつく!」と感じながらもアイツよりはマシだな、とか思ったりする。人間って相対的に物事を感じ取って生きているのです。

ここでは、厳しい現実社会を生き抜く為に、この相対的幸福についてご紹介させていただきます。

 

気乗りしない日は相対的幸福論で

 

仕事に行きたくない日ってありますね。嫌いな上司と面談しなきゃいけないとか、トラブった仕事で取り引き先に謝罪に行かなきゃならない日とか、、。

そんな時に役に立つのが相対的幸福論なのです。

今までで最も会社に行きたくなかった日を思い出して、あの日よりはまだマシだなと自分に言い聞かせる。

簡単でしょ。

案外これが効果的なのですよ。

 

アメリカ長期出張の説得の日

 

自分の体験談で恐縮ですが、ワタシが「今日ばかりは、最高に(最悪に)会社生きたくない!」って出社拒否反応がでたのが上司からのアメリカ出張命令の日でした。

以前ブログ記事にもしましたが、いっときパニック障害に陥っていたのです。

パニック障害って強烈な不安感が突如現れて、居ても立っても居られない状態になるメンタルの疾患(脳機能不全)なんです。

特にヤバイのが飛行機で、次が満員電車、新幹線、観覧車、、、。

とにかく途中で脱出できない閉塞感に極端に弱くなるんです。

かつ、自分の家から遠方に離れれば離れるほど心細さが募ってきて、爆発しそうになる。

アメリカは家から相当と遠い。飛行機に10時間以上も乗らないと到着しない。

ダブルパンチなんです。

でも、上司はオレに行けと業務命令を下そうとするわけです。

その打ち合わせの面談の日は、今考えても、会社に行くのが恐ろしかったですね。

結局、出社もしたしアメリカ出張も引き受けましたけど、、、。

こういう最悪な日を思い出して、「仕事行きたくない!」の感情にぶつけてみると、あの日よりままだマシか、って思えてくるものなのです。

是非活用してみてくださいね。

で、「今までそんな悲惨な日はなかったよ」という方々は、今後の為に最悪の日を作る絶好のチャンスですよ。頑張って乗り切りましょう。

 

アイツに比べりゃまだマシ

嫌な奴ってどこにでもいるものです。

自分の肩書を利用して高圧的に命令を下すタイプの人(ポジションパワーですね)。

正論で言えば、そんなのパワハラだから訴えればいい、と思いますよね。でもそれがなかなかできないのがサラリーマンなのです。

こっちのミスをネチネチと指摘してくる小生意気なマイペース野郎。

若造のくせに、ビビたる規則違反を一つ一つとりあげて重箱の隅を突くようにせめてくるのです。

悪いのはこっちだから、責められても致し方なしなのですけど、、、。

 

こういう奴らを思い出せば、少しくらい鼻につく奴らは大目に見えれるし、トラブルを起こさずに自制できるのです。

世の旦那様方で自分の奥さんに不満を持つことが結構多いと思います。

夫婦っていつのまにはお互いに遠慮が無くなってくるでしょ。言い方がキツくなって、そのうちに相手の嫌がる事をわざと言ったりする。

これって凄くもったいないんです。

亭主は家族の為に働いていて、奥さんは家族のために家事をしているわけでしょ。だったら、感謝しあったら上手くいくじゃないですか。

夫婦の間で気持ちに余裕がなくなったら、パワハラ上司や小生意気なマイペース野郎を思い出してグッと堪えましょうよ。

 

人生なんて不平等の方が、前世のせいにするより誠実だよ

 

何をやっても上手くいかない時って誰にでもあるんです。仕方がないのは分かっているから、それでも頑張る。

でも限界があるんです。

あるタイミグで心が折れてしまうわけです。

現実主義だと、そうそう上手くいく時ばかりじゃないよ、と諭されますね。気の効く人は「頑張っているのに結果がでないときって辛いよね。少し休んで、また頑張ろうよ」と共感してくれます。

占いだと、今は天中殺で何をやっても上手くいかない時期なんです、とバッサリ切られたりもする。

 

前世を持ち出したら、そりゃウソっパチだな

 

だいぶ前の話ですけど、よくわからない新興宗教みたいな集会に誘われて参加した事があるんです。

そこの教えは、人は皆平等で誰でも幸せになれるという。その代わり辛いことも人としての徳を積むために用意されていると付け加えるんです。

それ自体はまあ、悪い教えではないなと思う。

人生プラマイゼロというのは平等感があってなかなかいいでしょ。

でも、実際に周りを見回すとプラマイゼロになっていない人が大勢いる、というあたりから怪しくなってくるんです。

幼稚園から帰るとお母さんがいなくなっていて、暫くしたらお父さんも幼い兄弟二人を残して蒸発した。2歳年下の弟はお金持ちの家の養子として引き取られ、自分だけが施設でそだった。成人して就職し、将来の結婚のために貯金をしたけれど株への投資に失敗して、一文無しになってしまった。

これって、人生プラマイゼロなんかじゃない、と思いますよね。

でも、新興宗教ってこういうメタルが弱っている人をカモるのが目的だから、このタイミグンを絶好のチャンスとして見逃さないんです。

「それはお気の毒ですね。でも、人生プラマイゼロは絶対的な真理なんですよ。あなたの場合は前世が良くなかった。だから前世の悪行をこの水晶球に向かって祈る事で飛ばしてしまいましょう」と数百万円のガラス球を5年ローンで買わせるんです。

こんなタイミングで前世を出してくるなら、人生不平等の方がよっぽどマシ。

この理不尽な体験を人生最悪の事件として、その後の相対性幸福論に生かせばいいんですよ。

 

まとめ

 

「キツイ!」と思ったら、それよりも辛かった時を思い出す。

人間って喜怒哀楽を相対的に認識する生き物だから、案外効果的に前に進むことができるのです。

ムカついて、喧嘩っ早くなったらもっと嫌な奴を思い出して自制すればいい。

スピリチュアルに走って、今の辛い現実を前世のせいにするのだけは止めておけ。

人生なんてそもそも不平等なもので、そこをどう勝ち抜くかが醍醐味なのだから。

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