復讐が生きがいになって命を繋ぎとめる|やり返せず死ねるかよ、という思いが喪失感から心を救う

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復讐、仕返し、(悪い意味での)お礼参りや倍返し等々には暴力に満ちた攻撃と毒々しい情念が感じられます。やり返せずにはいられない。無かった事になどしてたまるか、という負のエネルギーが充填されているんです。

アスリートが一度敗れた相手に再チャレンジするスポーツマンシップのすがすがしさとは対極で、相手を傷つける事が目的であるのです。

が、この復讐や仕返しは生きる気力を失いかけた者を奮起させる力が宿っています。このまま大人しく消えてたまるものかと我が身を奮い立たせる原動力になるのです。

ここでは復讐心に内在するエネルギーについて解説して行きます。

 

この痛みをオマエにも思い知らせてやる

 

復讐心には、ある事件を境に無気力に陥ったうつ症状の者を覚醒させる力があります。

青色吐息でベッドから起き上がることも、食事をすることもしんどかったのが、復讐という発想を抱いた瞬間に体調が戻ってきたりするものです。

煮え湯を飲まされた悔しさ、まんまとハメられたという片付かない気持ちを反動にして一生分の苦痛と後悔を与えてやるかと考えると元気がでてくる。

この痛みをオマエにも思い知らせてやるという高濃度の怨念なのです。
分からなくもないのです。

仕返しのイメージが脳裏を走りだし、虎視眈々とチャンスをうかがう自分に胸をときめかせるのです。

仕返ししてやるという恨みがましい負のエネルギーがパンパンに膨れ上がっていくのです。

達成感を思い浮かべるのが何よりも興奮をもたらすようになっていくのです。

 

生きがいなしに人は生きられない

 

復讐なんて不謹慎にもほどがある、と考える方々もいらっしゃいます。

でも、もしそこに復讐という生きがいがなければ、うつ状態のまま死んでしまうかもしれないんです。

復讐心が救った命がどれくらいあったか統計数値を見れば一目瞭然じゃないですか(失礼、そんなものは存在しませんが)。

でも、仕返しが悔しさとの帳尻を合わせとして使えるのは間違いないのです。

江戸時代なら『仇討ち』と認められ正当化された仕返しが、今の法律に照らし合わせれば裁くのは三権分立の司法で、事件の被害者が仕返しに手を染めたとき法を犯したことになってしまう。
「やられたら、やり返せ!」は現代の法律では通用しないし、そこに踏み込んだ途端に加害者となってしまう。だったら生きがいを取り上げられた引き替えに、復讐という妄想が生きる上でのアクセントが与えられたという考えもまんざらお門違いではないのです。

生きる望みともなれば、精神科系の薬物とどっこいどっこいのように感じられるわけです。

 

復讐が生きる希望になる

 

生きて奴をいつか痛い目に遭わせてやるという復讐とは「逮捕されようが、死刑台に送り込まれようが構いやしない、奴の顔が苦痛に歪むのをじっくりと拝めればそれで満足なんだ」という後先をかなぐり捨てた心理のように思えますね。

でも妄想なのだから、それくらい想像したっていいんです。

いつか絶対に復讐してやると胸に秘めるのだってありなんです。憎き加害者が苦しみもだえる姿をサディスティックに眺める、という残酷さが思い浮かんだっていいんです。

「逮捕されるのも想定のうちだ。下手をしたら極刑を食らうかもしれない。それでも手を下さずにはいられないんだ!」と妄想したっていいんです。

 

復讐はやらぬが華

 

「こんな辛い目に遭う人が二度と出ないように」と言える人は物凄く心が強いんです。
2019年4月19日に東京都池袋で起こった『池袋暴走事故』が思い出されます。旦那さんは最愛の奥さんと娘さんを亡くして独りぼっちになってしまいました。
テレビで何度か目にした会見では、二度とこんな辛い思いをする人がでないように、と訴えられています。もし自分が同じ立場だったら、あんなに強くなれないなあっとつくづく思うのです。

それじゃあオマエだったらどうするの?って言われたら、たぶん復讐を考えるでしょう。何度も何度も考えて、そのうち司法の手に委ねるべきかとも思い始めるでしょう。

飯塚被告がクルマ側の不具合だと言い張っているのを知って、それを検察がどう対処するのかをじっくり見ながら相変わらず反省するつもりのない老人をどうすべきかと再び思案するでしょう。

もしかしたら、悲しくて憎しみに時間を割く余裕すらないかもしれません。

でも、心が悲しみに耐えきれない人に言いたいんです。

自分に厳しく生きるのも立派だけど、それだけじゃ心が壊れてしまいますよ。ときには自分勝手と思われるような妄想でガス抜きをしてくださいよ。

でも、もし本当に復讐を果たしてしまったら、愛する者の仇をうった・最愛の人の無念を晴らしたという満足感と手応えは暫くすると消えてなくなってしまいます。その気持ちを一生持ち続けられるのは無理なんです。暫くして、うつ状態へと引きずり込まれてしまうんです。

だから徹底的に残酷な妄想で気を紛らせるなら、それでいいんです。

 

復讐の後で待っている物とは

 

本当に復讐してしまえば、その後に間違いなく重い喪失感へと引きずり込まれてしまいます。
復讐の後の達成感が永遠に心を温め続けてくれるなどあり得ないんです。復讐で時間を巻き戻したかのような幸福感はえられないんです。
幸か不幸か、もうそこには現実社会の面倒なしがらみは残されていないのです。住宅ローンや子供の進学や親の介護等々の地味で頭の痛い問題は全て取り上げられ(誰が責任をとるかはケースバイケースでしょうが)、罪の償いというシンプル極まりない人生があるだけなのです。

だから誰にも言わずに自分の中だけで仕返しをイメージして気持ちを癒していってください。

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