コミュケーション力の養い方|面白い話で人気者になるより共感して親密になる方を選ぶべき

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勤め先の合同研修で隣りの部署の男性社員と一緒になったのです。

昼メシを食べながら世間話をしていた時の事です。

彼はサービス精神が旺盛で身の回りで起こった面白い出来事を面白おかしく話して聞かせてくれるのです。

取引先での出来事や、家での出来事、学生時代の級友とのドタバタとか、、、・。

で、別のある日、この前と同じように二人でお昼を食べていて「うんっ?」って感じたんです。

前と同じ話しをしたからです。

とはいえ話したのを忘れて、同じ話を二度するって事は誰にでもあるでしょ。だからオチを知りつつも大人しく聞いていたんです。

途中で遮るのも悪いじゃない。

で、最後のいちばん笑かすところまでニコニコ話を聞いていて、最後の最後でオレがオチを言ったんです。

一瞬、空気が止まった感じがしました。

相手はこっちの目を突き刺すように覗き込んでピタッと止まりました。

「えっ?」

「、、、、、」

「ごめん、その話し前にも聞いたから、先にオチを言ったらビックリするかと思って、、、」

「、、、」

「いやあ、ホントにごめん」

「ううん、ありがとう、初めてだよ、こういうツッコミ」

 

コミュニケーションが一方通行

 

彼とは職場でも毎日会うし、ちょくちょく話すようになったんです。

後日談だけど、彼はわざと同じ話しをしたというのです。

「その話、前にも話したじゃない」

というツッコミが欲しくて。

 

ツッコミが欲しかった?

えーって感じじゃないですか。彼にとっては同じ笑い話しを同じ相手にするのがボケってことなの?

まあ確かに5回、6回と代わり映えのしないボケを繰り返して徐々にお客さんを乗せていく手法も有るにはある。

でも、それを狙うほど笑いのツボをつかんでいるとは思えないんです。

 

「いつも、こういう感じで会話しているの?」と聞いてみたんです。

だって気になるでしょ。

すると、その話し2回目だよとツッコミを入れられたのは初めてとの事でした。初めて聞いたんじゃないとわかりつつ、みんなオチのところでウケてくるとの事。

ウケてくれるならいいじゃない、と言うとコミュニケーションがいつまでたっても一方通行なのが悲しいと言うのです。

オチを利かせてドカンとウケても、コミュニケーションというよりも作品の発表に近いように感じるのです。

 

会話を盛り上げるのが苦手

 

ここに至る彼の生い立ちを聞いてみると、難しい問題を背負いこんで紆余曲折してきたようなのです。

幼少の頃から口下手で、スムーズに会話をするのが苦手だったようです。

『気が合うから一緒にいて楽しい』これが損得抜きの子供どうしの友達関係です。

だから話していてつまらない相手だと、徐々に仲間からスピンアウトされてしまうんです。

新しい友達が出来たと思っても、いつの間にか離れて行ってしまうのが何度も続いたそうです。

いつのまにか仲間の輪から外れている存在になっていたといいます。

 

お笑い芸人から会話を学ぶ

 

彼は面白い自分を演出する為にお笑い芸人のトークをテレビで繰り替えし観て学んだと言います。

機転の利かせ方や、咄嗟のリアクションや、間の取り方まで吸収しようと気に入った場面を繰り返し観たと言います。

それがいつの間にかネタとなり、面白い話を作り上げてはノートに書き留めたんです。

芸人さんのネタ帳みたいなものですね。

だから話にはオチが無くてはならないと自分に刷り込んだわけです。

話の終わりにドッカーンとウケるのがトークなんだと。

だから話は面白いのです。

落語家や漫才師みたいに身振り手振りで場を沸かせるのが得意になったんですね。

でも、それが徐々に一方通行に感じられてきたんです。

話が終わってしまうと、友達らは彼から離れていくようになったわけです。

 

話が面白くてみんなが笑顔でも我が心は寂しい

 

ボケてみて、そこにツッコミが入ればコミュニケーションとしては相互の方向になるように感じたのでしょう。

そこで、わざと同じ話をしてみたら周りはどんなふうに反応するだろうか、と思ったわけです。

でも実際にやってみると、誰一人としてツッコミを入れてくる人はいなかったのです。

あたかも初めて聞く話のようにその場を取り繕い、オチで盛り上がって大爆笑で終了するという一回目を同じパターンを繰り返したそうです。

別のグループでも同じ結果だったというわけです。

そして少しずつ人が彼のもとから離れていったわけです。

                                 

お笑い芸人じゃないのだから

 

若手芸人にとって明石家さんまさんの『ほいで?』は恐怖だといいます。

短いトークの中でオチを促しているわけです。

つまらない話しだったら許さないぞ、とニラミをきかせ、「オチはだ?オチはまだ?」と言わんばかりに『ほいで?』を連発するのです。

 

以前、一度記事にさせて頂きましたが、タレントのローラとフワちゃんの対談みたいのがありました。

フワちゃんの芸って、タメ口で話のツボを射抜くみたいなところにあるじゃないですか。

「さんま、それちょっと辛口すぎない!」とか「出川もオヤジ臭くなったもんだ!」とかを絶妙なタイミングでぶっこんでくるのが持ち味で、実際それが面白いわけです。

だからフワちゃんの一言に対して、『ほいで?ほいで?』は合わないのです。

敢えてそこでフォローを入れるとすれば「フワ、いまのひとことで芸人生命絶たれたな!」とか「フワもついにデビ夫人と肩を並べちゃった」」とか、そんな感じでしょ。

でも、ローラは『ほいで?』と同じトーンでフワちゃんをコーナーに追い詰めちゃった。

「えーウソー、うんうん、それで?」ってタメ口で落としたのに、更にその先をフワちゃんに求めたんです。

ローラはフワちゃん芸の面白さを味わえていないわけです。どこが面白いかが分からないから、それで?とその後のオチを期待してしまうんです。

確かに、お笑いの大御所さんまさんに向かって「さんま、いまのコメントはちょっと辛口すぎるだろ!」で、わかる奴はわかるからオモロイと思うわけです。

でも、わからない奴はわからないから、えっ何が辛口なの?えっ、何、今の何?ってなるわけ。

 

人それぞれの笑いがあっていい

 

笑点の大喜利みたいな笑いがあってもいい。

〇〇〇とかけて〇〇〇と説く、そのこことは〇〇〇、とかもいまだにやるでしょ。

ねづっちさんが得意としている、あれですね。

『なるほど』とは思うけど、個人的には面白いとは思わない。

でも、あれが好きな人もいるから昔から延々と続いている。

お笑いなんてそういうもの。

テレビドラマだって、推理とグロテスクと異常心理みたいのもあるし、渡る世間は鬼ばかりみたいのもあって、全然いいんですよ。

アニメだって、鬼滅の刃があってサザエさんもある。

それぞれの好みによって選択すればいい話で、正解や不正解なんてないんです。

 

人それぞれのコミュニケーション手法があっていい

 

会話がはずんで気が合うから友達として一緒にいて楽しい。

それじゃ、どんな話をしているのかと聞いてみると、そんなに特別じゃないんです。

互いのダサいところやドジぶりを冗談まみれに指摘し合って楽しんでいるんです。

でも、「こいつに何を言われても腹は立たないけど、別の人に言われると嫌な気持ちにある」ってことが実際にあるんです。

二人の間でのやり取りで成立する場合もあるし、複数人のグループ内だったら何を言っても許されるみたいな関係もあるんです。

むしろ誰にも万人ウケする爆笑談なんて、仲間内の間ではたいてい存在していないんです。

誰にでもウケる話を完成させてしまうと、ツッコミがむしろ難しくなるはずなんです。

『松本人志のすべらない話し』だって微妙な雰囲気のときがあるし、松ちゃんが空気読んでフォロー入れるのもちょくちょくあるでしょ。

 

笑いより共感

 

笑いのネタを作るのを止めて、相手に共感することを学ぶ方が早いのです。

自分が率先して話しをするよりも、相手がより多くを語るように仕向けるのが相手と親密になる一番の王道なんです。

簡単に言うと、聞き上手を極める事です。

それができれば徐々に回りに人が集まってくるものです。

自分を語るのが好きな人って結構多くて、そこから愚痴や上司の悪口に発展していくわけです。

「絶対にここだけの話にしておいてよ!」と前置きしながら、口の堅い人を選んで愚痴をこぼしたいという欲求があるものです。

面白い話で相手を引き付けるよりも、聞き上手になった方が相手と親密になるには近道なんです。

面白い話を披露して人気者になるより、少ない友達とじっくり深く付き合う事を心掛けるべきだと感じるわけです。

 

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