ひと目を気にしだすとクセになる|場の空気を読む程度がちょうどいい

Pocket

ひと目なんか気にすることないよ。

自分は自分たろう。

正しいと思った道を堂々と進めば、いいんだ。

 

そう励ましてもらっても、周囲の目は気になってくるものです。

だって人って大なり小なり、他人との相対的な感覚で生きているでしょ。

何があっても唯我独尊なんてあるものじゃありませんよ。

ここでは人間性の一つとして、相対的なバランスを取りながら生きる性質について解説させて頂きます。

 

人目を気にしない奇人

 

一人だけ周りの雰囲気からかけ離れた存在の人。

何か特別な事情がある日ならともかく、毎日がそんな調子だったら、浮いた存在になってしまいますね。

奇人です。

みんながパーティーを楽しんでいるのに、一人だけ会場の片隅で眉間にシワを寄せているなんて、いただけません。

ハッピーに過ごせない事情があるなら乾杯だけして会場を後にするとか、『偏屈な人』のレッテルを貼られる前に打てる手はあるのです。

 

マナーとしての相対的な常識

‟合法か違法か?“というほど堅苦しくないとしても、周りの様子をそれとなく観察しながら行動を慎むくらいの常識は持っていたいものです。

映画館で上映の最中にくしゃみが止まらなくなったら一端席を立つとか、食事の最中の話題の良し悪しがわかっているとか、、、。

こういう些細な気遣いは家庭環境で、全然違ってきますね。

生まれ持った人間ならではの繊細さに家庭での教育が上乗せされるわけです。

 

空気を読むとは高度なスキルなんだ

 

ひと目を気にしない傍若無人タイプの人いるでしょ。

たいていは、わざと自分を豪快に見せるための演技です。

演技でないとしたら空気が読めないタイプ。

人間の持つ、空気を読む能力って凄く高度なんです。

生まれつきDNAに組み込まれているから、あんまり有り難みを感じないだけなのです。

例えば、10人のグループの中に入って話し合いに加わったとき、そこで場の空気を読むとなると相当複雑な情報処理を強いられます。

 

相手の弱点を徹底的に突きまくって潰しにかかる、みたいな攻撃はそんなに難しくないんです。

情報を集めて、相手が時折見せる焦りやこわばった表情から、追い打ちを掛ければいいのです。

やるべきことはスムーズで、単調といえなくもない。

ところが、初対面の10人の人達を相手にした話し合いとなると、格段と難しさが増してきます。

単に思ったことを口にすればいいわけじゃないんです。

考えを求められて正直に自分の意見を言ったとしても、反対意見の人だっているはず。

自分の発言に癇癪を起して怒鳴り散らす人がでるようだと、話し合いの場はしらけます。

そうしてはいけないから、参加者の反応を見ながら言い方やトーンを調整するわけです。

司会者だって、激高しがちな人の反応には細心の注意を払いながら、落としどころを探るのです。

この際、「潔く多数決といきましょうか」とか「全員一致が原則だから妥協点を探っていきましょう」等々。

 

ひと目を気にするな、の背後にあるもの

 

自分の意見を言わない人って多いですね。

「自分への影響度が薄いし、深く考えたこともないから別に意見という意見はない」という人が大方だと思うのです。

それでも、周りを意識しすぎるとあまり、本当の自分を出せない人も中にはいます。

「ひと目を気にするな!思ったことをはっきり行ってみろ」と発破をかけてくる人がいます。

まずは自分の意見を堂々と口にしろ、というわけです。

たぶん、その人には場の空気を敏感に読む能力があって、まともな日本人なら誰でもその場の空気を気にすると分かっているのです。

その上で、今のメンバーなら、たとえどんな奇抜な意見がでたとしても、雰囲気を壊すことなくうまくまとめる自信があるわけです。

 

オレに注目しろと圧力をかけてくる奴

 

人が意見を発しようとするのを抑止する人がいます。

ここにオレがいる事を忘れるなよ、と高圧的にけん制してくるのです。

北朝鮮の金正恩とか、中国の習近平はこの代表格で、聞きたくない事は言わせない。

万が一でも、気に障るような言動があろうものなら処刑は免れないとか。

重大な法律違反でもないのに、下手をすると殺されかねないのが北朝鮮とか中国なんです。

「やってはいけない」、「言ってはいけない」と明確に制定されているわけじゃないのに、当たり前のように、この局面で場の空気を読めない奴は死んでもらう、というわけです。

正しくひと目を気にする能力が備わっているのを生きる前提をしているのです。

 

バランスが悪いといじめに合う

 

これに通底するのが、学校のいじめです。

空気が読めない子供はマークを徹底しておかなければなりません。

数か月もすれば『奇妙な子』、『みんなとどこか違う子』という印象が浸透してきます。

空気が読めないのを、自分勝手で思いやりのない奴、と思われないようにコントロールする必要があります。

当の本人に自覚がなければ、話して聞かせなければなりません、

「そんな、可愛そうなこと!」と反対する人もいるかもしれません。

でも、遅かれ早かれ自覚する日はくるのです。

‟クラスでいじめに合い、周りを全部敵に回してから、やうやく知る“という道もあります。

‟なぜこんなにも生きづらいのか”と悩み見抜いた結果、精神科を訪ねてようやく知るという道もあります。

自分が場の空気を読めないと知らずに一生を終える事は絶対にありません。

バランスが悪いのは誰の目にも明白なのですから。

それなら、ひと目の気にし方を専門家から習うべきなのです。

生まれた時に組み込まれていなかったのだから、仕方ないのです。

 

ひと目を気にしだすとクセになる

 

場の空気を読むように人間はできています。

だから、どうしても他人の目が気になるのです。

それが分かれば自分が人前で消極的になりがちなのが理解できますね。

生まれ持った性質どおりに生きているだけなんです。

普通に周囲の人達に敏感であればこそ、なのです。

 

でも、それを打ち破らなければならない時がやってきます。

自然とクリアーできますから、心配はいりませんよ。

人間が、ひと目を気にする動物だと分かれば、うまく周囲の感情をざわつかせずに乗り切らなければならない時が奴てきます。

そして、成功したり失敗したりしながらできるようになるんです。

注意しなければならないのは、ひと目が気になる事に神経質になる事です。

自分だけが異常にひと目を気にしていると思い込まないことです。

気にするな、と思えば思うほど目が逸らせなくなるものです。

或る程度みな気にしていると思っておく程度が一番丁度いいのです。

     【広告】

 関連記事

      【広告】

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*