点と点がつながるタイミング|自分への評価に納得して自信をつけてゆく生き方

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トレーニング、練習、訓練、、、。

こういうのを粘り強く続けていると、あるタイミングで点と点がつながった、と感じる時が訪れます。

急に一段階、アップした感覚です。

「あっ、出来るようにたった!」と。

ここでは、点と点がつながってワンアップする仕組みについて解説させて頂きます。

 

急に上達する感覚とは

 

職場の後輩で英語の勉強にハマっている人がいます。

時間を見つけて英語の勉強をしながら、TOEICのテストで自分の実力を熱心に確認しているのです。

が、思うように得点が上昇しないのが悩みの種。

650点前後を行ったり来たりすること2年あまりです。

「仕事の効率が上がればそれでいいんじゃないの」と言って慰めるものの、本人はあくまでも点数にこだわりたいようなのです。

先日、嬉しそう駆け寄ってきて、最新のテスト結果を見せてくれました。

いきなり760点と、大幅アップです。

“たまたま”という事もありますから次回のテスト結果を見てみないと何とも言えないのですが、おそらく数年間努力してきた結果がテストに反映されたのだと思うわけです。

英語力みたいな広い範囲を対象とする課題は実力とテスト結果が正比例的には目に見えてこないのです。

 

点と点がつながる感覚

 

英語の勉強で言うと、単語をたくさん覚えても長文がスラスラ読解出来るようになるまでに時間がかかります。

長文の読解か出来るようになっても、言いたい事を書き表すようになるには、同様に時間を要します。

点と点がつながるとは、単語の意味を覚えるだけじゃなく、文書の中での使われ方が理解できるという事です。そこでようやく、その単語が使われる状況が分かったと言えるわけなのです。

それでもまだ受け身ですよね。

自分から覚えた単語を使えるようになるまでは、まだ充分生かせているとは言えないのです。

単語から長文読解へと進み、自分の言いたい事を表現できるようになった時、点と点がつながり、英語が自分のなかでこなれてきたとき、TOEICの点数がいっきに跳ね上がるのです。

自分がわかってくる

 

自分で自分の事がよくわからないと感じた事はありませんか?

“周りの人達は自分の事をそんなふうに感じていたのか”と驚いて、咄嗟に自分って何者?と感じるわけです。

この瞬間を体験した人はそんなに多くはないかもしれません。

でも、自分が思っている自分と、他人が思っている自分に違いがあるのは珍しくはありません。

たいていの場合、ズレが生じているものです。

 

違いが生じる原因はこれだ

 

自分の考えを正直に発しないと、周りは本当のアナタを理解する事はできません。

「こんな意見を言っても誰も賛同してくれないだろう」と、本音を隠して生きているとアナタの胸のうちを知ることができず、表面だけを見て判断することになるからです。

人にはそれぞれ独自の考え方があって、それが正しい場合もあるし、非常識な場合だってありますね。

それを勇気をもって発信していくのが大切なのです。

なぜなら、嘘のない思いを周りにジャッジしてもらいながら、断片的に自分の考えを修正したり、自信を持ったりするからです。

誰の耳にも優しい体裁の良い事ばかりを述べていて、それを周囲の人たちが評価したとしても、ウソの自分への点数付けに過ぎないのです。

自分に自信の無い人は、たいていウソの鎧で自分を固めているタイプです。

ウソをついて、それに周りの人たちが「ああそれは素晴らしい考えだ」と絶賛したとしても、本音でない口先のウソであるから全く心には響かないのです。

これを百回、千回くりかえしたとしても何の意味ももたらさないわけです。

自分がわからない

 

自分が分からないと悩む人は、“自分が下す自分への評価”と“他人が下す自分への評価”が一致していないから自分が一体何者なのかが分からずに、自信が持てずに不安に感じます。

自分は悲観的なタイプだと自己分析していて、周りの人も同様であれば、人は悩まないのです。

「悲観的だけど、それはそれで自分の特質だから仕方ない」と居直れるわけです。

「悲観的な傾向にあるから、その分を間引いて判断するくらいがちょうどいい」と折り合いをつけているのです。

それは、周囲の人からの意見、助言、批判、、、等々から自分はどう見られているかを知り、それが良ければ更に伸ばすし、ダメ出しなら修正を加えるという正しいサイクルが出来ているのです。

 

点と点がつながって自分が見えてくる

 

人から助言を受けて、“なるほど自分はこんなふうに思われているのか”と断片的な気付きが起きます。

そしてまたある時、別の人からアドバイスを頂きます。

自分の本音に対する批判的なアドバイスだったとします。

すると、そこで反省が生まれて思考の偏りに修正をかけるわけです。

 

人間性、価値観、自尊心、等々の広い範囲で多くの人とやり取りをしながら歳を重ね、受けた助言による自己像が形成されてゆきます。

それは点と点が少しずつ繋がって自分が見えてくるというわけです。

でも、嘘を並べ立てて生きている人には、それがありません。

虚像の自分をひけらかしながら生きていれば、虚像への反応しか返ってこないからです。

安心感をもって生きるためには、『なんでも、そつなくこなす』ではダメなのです。

間違っていれば自分を修正してゆけばいい、と腹をくくって直球勝負で生きるのが一番なのです。

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