あんまり深く考え過ぎちゃダメなんです。
選択に迷って悩みにのめり込むと、「ハイ時間切れ」となってしまうのです。
「これを選んだとして、本当に最後まで楽めるだろうか?」なんて思ったりもして、結局決められないってことに、、、。
ここでは、「後悔を覚悟してはじめて後悔しない人生が送れる」について解説させていただきます。
充実・後悔は成功・失敗では計れない
人生を充実させるにはその人の性格に合致した時間の使い方をすることだと言います。
色々な事に興味を持って、書物やPCで知識を深めて、現物を確かめに遠路はるばる現地に行ってみるのです。
悪くないでしょ。
でも一方では、一つの研究に一生を捧げる人もいます。
それとて、立派な生き方ですね。
前者と後者のどちらがいいとは言えないんです。
それぞれの好みや価値観ですから。
でも、後悔しないと断言はできないのです。
行ってみて実物を見た瞬間に、えっえーっ、これがホンモノなの?って事は実際あるのです。
世界三大がっかり、でもこれで良かった
実際に行って自分の目で見てガッカリした経験ありませんか?
俗に言う『世界三大ガッカリ』とは以下の3つ;
コペンハーゲンの人魚姫像
ブリュッセルの小便小僧
シンガポールのマーライオン
この三つを見た瞬間、たいていの人は、えっ何これ、と肩透かしを食らうんです。
その小ささときたら、ムキムキのボディビルダーのアソコに、モンキーバナナがついているようなもの。
言われないと、どこに有るかすら分からない。
遠路遥々、高い飛行機代を払ってまで実物を見に行く価値はあったのか、とその時は思うのです。
その反面、同じ三大がっかりを見た人との会話は盛り上がります。
高い旅行代金を掛けて、しょーもねーモンキーバナナサイズのイチモツを見てしまった自分のアホらしさが妙に心地よかったりするのです。
*ちなみに、マーライオンはかつての超小型サイズから作り直しされ、大きくなつたのです。
先を越され
一点集中で研究を続けても、タッチの差で先を越されるって事は珍しくないですね。
ノーベル物理学賞とかだと世界中の頭でっかち君たちが日夜しのぎを削っているわけです。
ライバルの研究成果が認められて、自分がノーベル賞を逃したと分かったとき、クッソーって思いますよね。
「ふざけんじゃないよ、このワシがどれだけのエネルギーを注ぎ込んできたか想像してみなさい、このゲス野郎。」って精神の均衡が崩れて、研究室をバズーカで吹っ飛ばしかねないのです。
でも、絶対にニュースにはなります。
研究成果はノーベル賞と、どっこいどっこいだったけど、結局賞を逃し、長年精力を注ぎ込んだ研究室をバズーカ砲で木っ端微塵に吹っ飛ばした世界有数の科学者、って。
これはこれで、ノーベル賞受賞するより話題性はあるし、充実に満ちているのです。
たぶん、死ぬ直前に「面白い人生だった。悔いなしだ」って言うような気がするのです。
充実感は好きな事にエネルギーを思い切り注ぐと得られる感情
成功するか、失敗するかなんてやってみなけりゃわかりませんよね。
だとすれば興味があるならトライしてみるべきなのです。
どうせ失敗するから、と挑戦するのを諦めていたら後悔の人生になるのですから。
でも一つ厄介な問題があるのです。
失敗する確率の方が断然高くて、みすみす失敗するのが分かっていても、時間とエネルギーを注ぐべきなのか、と。
すると、妥協案が出てきます。
成功の確率の高い、第二希望に目標を移すという考え方です。
大学受験みたいですね。
失敗を恐れて、早々に第二希望へと移行できる人はそれでもいいのです。
第一希望に未練が残っていないわけですから。
でも、後になってから、やっぱり失敗を恐れずに第一希望を貫けばよかった、と後悔する人も結構います。
こういう人は成功と失敗の確率関係なく、挑戦しておかないと後で後悔します。
現実を甘く見ているわけではないのです。
成功の見込みはかなり厳しい、でも自分の可能性を信じたい、というタイプなのです。
そういう人って、目指す過程も楽しんでいるんです。
自滅思考でも破滅思考でもなく、どれだけ辛くても、成功をもとめて邁進している。
受験勉強をここに当てはめるとすれば、第一希望に合格したときをイメージしながら自分を奮い立たせて勉強に注力しているわけです。
好きな事にエネルギーを注いでいるときほど充実感に満たされることはありませんから。
もし、結果として失敗だったとしても、そこで後悔はしませんよね。
最初から第二希望に狙いを定めておくべきだった、と別の時間の使い方をすべきだったなどとは思わないはずなのです。
自分の可能性信じて挑戦してゆけば気持ちの折り合いは自然とついてくる
成功しても、失敗しても好きな事にエネルギーを注いだ結果なら後悔などしないものです。
挑戦という岐路に立ったとき、人はどちらに進むべきかと天秤にかける。
魅力的だが極めて成功の確率の低い難関にすべきか、ワンランク落として成功の確率を上げるべきか。
第二希望に変更しても未練が残らないのなら、その道は悪くはない。
その人は賢明な選択をしたことになる。
が、後々後悔するくらいなら初めから無理を承知で第一希望へのチャレンジに掛けるべきだ。
可能性を信じているから、諦めが付かないでいるわけです。
彼にとっては成功、失敗が人生の充実と直結していないのです。
もし失敗して悔しいという気持ちが残ったとして、自然と気持ちの折り合いがつくものなのです。
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