死んだら楽になれる、いやいや魂が成仏できないからもっと地獄だよ

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死んだら楽になれる、という考えは、死イコール無という概念で成り立っていますね。

死んでしまえば何も無い。

感じないし、痛くないし、辛くもない。

存在そのものが無に帰するという考えです。

 

だから現実から逃げる最終手段として死を選ぶんです。

ここで一つ見落としがあるの。

いや見落としじゃないかもしれないけど、、、。

 

自殺した魂は永遠に成仏できずに暗闇で苦しみ続ける、むしろ地獄という宗教色の強い考え方です。

そんな非科学的な屁理屈は俺には無関係さ、と成仏を蹴飛ばしてしまう方が進む道が見えてくるのかもしれないですね。

 

この記事では“死ねば楽になれる”を一旦横に置いて、別の道を探っていくものです。

死ぬ気になれば何でもできる、とは言うけれど

 

”死んだら楽になる“という考えと並行して”死ぬ気になれば何だってできるじゃないか“と力説する人がいます。

でも、この二つはまさに並行していて決して交わることがないんです。

議論だって全然かみ合わない。

 

“死ぬ気になればなんだってできる”とは、死んでしまったら、楽しい事も、嬉しい事も、美味しい物も、心の躍動もみーんな無くなっちゃうんだよ。

そんなの、もったいないじゃない!

 

それらを全部捨ててしまう覚悟があるのなら、それこそ何も怖いものないでしょ、っていうロジックに立っている。

 

でも、“死ねば楽になれる”ってところまで追い込まれた人の頭には、もはやポジティブな感覚などこれっぽっちも残っていない。

全てが苦しみに染め上げられて、人生の楽しさ、素晴らしさなんてとっくに忘れ去っているんです。

苦痛、不安、恐怖、不快に取り囲まれて、身動きが取れなくなっているんです。

 

希望はこの四面楚歌から逃がしてもらう事だけ。それができるのは死ぬ事以外にない、と考えているの。

死ねば楽になれる、いや自己破産でも国外逃亡でもなんでいいじゃないか

 

死んでしまうよりも自己破産の方がよっぽどましだよ、って助言する人がいる。

借金の取りたてから解放されれば、だいぶ生活環境が変わるでしょ、元気が出てくるでしょ、と。

 

確かに自己破産で人生を取り戻した人はいます。

でも多くの人は自己破産を、人間の底辺と考えるんです。

社会で認められない人物、大人としての資格を持ち合わせていないクズだと自己卑下するの。

家族は自己破産を申請した父親をどんなふうに思うだろうか。

子供は学校でいじめに合いやしないだろうか。

妻はご近所で後ろ指をさされるかもしれない。

自分の為に家族に迷惑が掛かるのを恐れるようになるんです。

すると、借金取りから解放されてホッとするどころか、いてもたっていられない心の問題へと突入することになるの。

辛い事を放棄して、責任を取らずにバックレる、そんな卑屈さに耐えられなくなってくる。

 自己破産って精神的に辛いものがのしかかってくるんです。

 

面倒な事を乗り越えるメンタルの強さ成仏できるよう頑張ろう

 

自分も助かり、家族や大切な人にも迷惑がかからないようにするためには、本人に自殺を決意させてはいけないんです。

死んでしまおうと腹をくくると、取り返しがつかないんです。

できる事もやらなくなる。

全てに投げやりになる。

死をなによりも率先しようとするんです。

だから、早まった決断をさせてはいけないんです。ダマシダマシでも生きる道を模索している状態を続けた方がいいの。

でも、そこにとどまっているのなら大丈夫なんです。

 

 

下手な新興宗教になんか縋ったらだめですよ。

それこそ、骨の髄までしゃぶられてしまうんですから。メンタルを押し込まれて苦しんでいる人を食い物にするのがカルト宗教です。自己破産させて教団に迷惑がかからないようにしたあとで、徹底的に貢がせる。

自己破産者はメンタルが弱っているから、心の安らぎを教団から与えられると思っただけど、盲信的にのめり込んじゃう。
だから、カルト宗教は絶対にだめ。

そんな奴らに呑み込まれてたまるか、という強い気持ちを持つの。

新興宗教を反面教師として睨みつける。

 

ここまで頑張ってきたのだから乗り切れない事はないんです。

薄皮を一枚一枚剥がしていくように厳しい現実を解体していくの。
時間はかかりますよ。
覚悟してくださいよ。

 

少しずつ少しずつ事態が改善されてくるのを味わいながら、あせらないでじっくりと取り組むんです。

一つでも二つでもできる事から順番に対処していく。

 

焦りが出てきそうなら精神安定剤で自分をプレッシャーから紛らわせればいいんです。

その為の薬なんだから。

 

 

冷静に事態を分析して、今すぐ対処できるもの、ひと工夫必要なもの、誰かの助けが必要なもの、と大きな問題をバラすんです。

それができるのは本人だけ。

自分の中に答えがあるんです。

 

でも、焦って冷静さを失えば自滅です。

今にも割れそうな氷の上を歩くように慎重に少しずつ肩に乗っかった重りを下ろしていく。

大きな問題を、丁寧に細かくバラして処理して行くしかないんです。

自分が自分のコーチになりながら、中腰の姿勢で踏ん張りつづける。

辛くても腰は下ろさない。

 

その先に光がみえているんだ。

自殺したら成仏なんてできないんだ。

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