体罰と虐待を躾の延長線上あるかのような弁論|さじ加減を故意に間違えるぞ

どんな理由があるによせ体罰は許されないのが今は主流。苦痛を思い知らせて“人の痛みを学べ”はダメ。被疑者の弁論で躾を持ち出すのはナンセンスで、体罰や虐待が躾の延長線上にあるかの理屈は跳ね返すべき。だが、躾が通用しない子供が存在するのも事実で、そんなときは例外的に少しさじ加減を間違えたら死んでしまった、を使うしかないかも。 続きを読む 体罰と虐待を躾の延長線上あるかのような弁論|さじ加減を故意に間違えるぞ

話を聞いてほしい、でも否定やダメ出しはされたくないなら自分でコーチングしてみるのもいい

話を聞いて欲しい時って誰にでもある。否定せず、ダメ出しせず、ただ共感して欲しい。時間刻みで話を聞くカウンセラー的な商売がある。が、メンタルをケアするわけじゃなければカウンセリングが適役。徹底的に聞き役に徹し、そこから問題点を察して解決方向へと話を導いく。そのスキルは割と簡単に身に付けられ、自分で自分をコーチングできる。 続きを読む 話を聞いてほしい、でも否定やダメ出しはされたくないなら自分でコーチングしてみるのもいい

金曜日は早めに仕事モードから切り替えて、休みを充実させよう|その極意とは

仕事はメンタルにとって特別な作業。お金をもらうわけだから厳しいことがあっても耐えるしかない。でも、プライベートを充実させるには、そこからの切り替えが大切。金曜日の夕方は特にモード切替を上手くやらないとせっかくの土日が疲労回復の睡眠で終わってしまう。金曜日15:00くらいから月曜日に向けての準備に入ると上手く回るんだ。 続きを読む 金曜日は早めに仕事モードから切り替えて、休みを充実させよう|その極意とは

ネガティブ・シンキング|相対性を利用すると楽に生きられる

苦しいときは相対的な感覚を利用する。今よりも厳しかった時を思い出して、あれよりはマシだなあって思うのもいいし、自分からみてつまらない人生送っている人を思い起こすのもあり。人間の感覚は基本相対的。嬉しさ・辛さにも強弱、段階があるの。その人間の敏感な感覚を使う。不謹慎きわまりないやり方だけど、こうしてしぶとく生きるのです。 続きを読む ネガティブ・シンキング|相対性を利用すると楽に生きられる

彼女をガッカリさせるくらいなら、これ以上悪くなりようがないマイナスから始める

親しくなるにしたがって相手の良くない部分が見えてくるものです。ガッカリさせて振られるくらいなら、これ以上悪くならないというマイナスのところから始める人もいる。最初の印象をわざと悪くしておくという作戦。でも、そこには落とし穴があって、本当の欠点をさらけ出しておかないと、のちのち本当のマイナスが原因で振られるかもしれない。 続きを読む 彼女をガッカリさせるくらいなら、これ以上悪くなりようがないマイナスから始める