卑下と不安を自信に変える|自己表現が下手で誤解されっぱなしの人生ってすごい

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上手く相手に話を伝えられなくて、誤解されてしまう人。辛いですよね。

表現が未熟、語彙が貧困、話す順序が逆、、、いろいろ原因はあります。でもね、考えてみてください。

どんなに下手くそな説明でも理解、賛同される人もいるでしよ。

それってなぜ?

その理由は中身がすでに社会に受け入れられている事柄だからです。みんなが知っている事を多少表現を変えて口に出しているだけ。

だからスッと誰の頭にも入っていくんです。

ここでは誤解されっぱなしの人生がいかに凄いかについて解説してみようと思います。

 

 

誤解されるのは話が斬新だから

 

『一を聞いて十を知る』って言い回しあるでしょ。中国から入ってきたらしいですよ。

聡明な人が話の一部を聞いただけで全貌を理解してしまうという意味。

でも、どんなに頭がいい人でも斬新な内容だったらそうはいかない。『一を聞いて十を知る』が通用するのは世間で共有された常識や、当たり前に基づいたロジックだけなんです。

手垢まみれの話だから、ああまたそれね、とすぐに理解できちゃうわけ。

 

コペルニクスやガリレオガリレイが唱えた地動説とか、アインシュタインの相対性理論なんて、そんなに簡単には理解できないでしょ。(少し大げさでしたか??)

 

“わかりやすい”は当たり前で底の浅い理屈だと判断して間違いないんです。

 

自己表現の下手さをどうやって改めればいいのか

 

難解な、もしくは斬新な考えであったとしても、説明が上手ならサクサクと理解が進み、あっという間に握手喝采、なんていくわけがないの。

現実はそんなに甘くない。

それならどうすればいいの?どうしたらわかってもらえるの?

 

質問を受けて、誤解とか不理解をその都度、軌道修正していけばいいんです。

質問しやすい物腰が大切

 

質問しやすい相手とか雰囲気ってあるでしょ(逆の方が多いですかね)。

まず、言うべき事ははっきり言う。明確にいい切らないと、くだらないQ&Aで時間が無駄になるだけですからね。

話をかみ合わせるだけの質問はやめましょうね。

大切な部分に質問のポイントが重なるように、こちらの意図は明確にしてかなければなりませんよ。

そのうえで反論や質問しやすいように、隙を作っておくんです。

反論・質問を受けたら「なるほど、なるほど」、「それもそうだなあ」って相手の主張をいったん受け止めるんです。

 自分の意見をいったん見直してみるんです。と反論や質問をしてきた人の気持ちになってみるんです。

そのうえで実際には自分の表現が下手だったのなら謝罪し、言い直して理解を求めるわけです。

これを繰り返せば、自分にとっても聞き手にとっても不毛な議論ではなくなる。

分かりやすい表現をしようと自分の説明のしかたを工夫して相手の理解を求めるよりも、質問を受けて、それにこたえる方がずっと相互理解に近道なんです。

 

心を閉ざさないタフさ

 

分かってもらえない、理解してもらえないって辛いんです。人が心を閉ざす原因って、このあたりから始まる。

学校での虐めや会社でのパワハラは、シカトや無視が第一歩目なんです。それくらい共感してもらえない苦しみって大きくて、引きこもりへとつながっているんです。

 

人間にとって共感してもらえるって成功体験なんです。人間関係における成功体験。だから自信もついてくるし、やる気もましてくる。

 

だから、逆の意味で自己表現が下手で誤解されっぱなしの人生でも、心を閉ざさずに頑張っている人ってタフでって思うんです。

自分に自信が持てないとか卑下しながら、グズグズ愚痴りながらも、引きこもらずに踏ん張っているのは強靭なメンタルです。

 

でも、あと一歩で共感が得られるところまで来ているかもしれない。だから、腐らずに相手から質問を受ける、反論を受ける作戦に変更してみてください。

それが一番の近道ですから。 

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