傷付けられたくない、嫌われたくない|誰からも好意を持たれる人柄ってなんだろうか

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誰だって嫌われるよりは好かれたいですよね。嫌われるを突き抜けて、憎まれたりしたら怖くて夜道を一人で歩けない。

 

でもねえ、多かれ少なかれ誰にでも好き嫌いはあるし、嫌われたり、心無い言葉で傷付けられるのは仕方ないんじゃない、と思うんです。

 

誰にでもいい顔をして好かれようとするのを八方美人っていうじゃないですか。でも、その八方美人的なところがムカつくんだよ、って感じる人もいるでしょ。

 

ここでは、傷付けられてもいいじゃない、嫌われたって仕方ないをテーマに、勇気をもって胸を張る生き方について解説させて頂きます。

 

八方美人は積極的で、お坊さんは消極的なんだ

 

八方美人って誰にでも好かれようとするタイプの人で、良い意味じゃないでしょ。

だから最初は親切で、人の気持ちに寄り添ういい人にだと好意を抱かれるけど、だんだんと化けの皮が剥がれて、そのうち誰にも相手にされなくなるってパターンですね。

 

でも、努力家だと思いませんか?かなり頑張っているってオレは思うの。

子供の頃からの八方美人って辛いと思うんですよ。

 

結局最後は、「なにあいつ、誰にでもいい顔してさあ」みたいに村八分にされるわけじゃないですか。でも、懲りずにまたやるわけですよ。

 

またやる、というよりも“やらずにゃいられない”って人ね。『もう、どうにも止まらない』ってトーンで誰のいう事にも、そうだよね、そうそう、アタシももちろんそう思うわ、って同意しまくっちゃう。

止められないですよ、きっと。

 

だって、八方美人をやっていたら結局は嫌われるの分かっているんだもの。

 

これに比べてお寺のお坊さんって嫌われないですね。

“あの坊主だけは許せねー、いつか痛い目にあわせてやる”なんてセリフ聞いたことないもの。

 

個人的に坊さんとごくたまに話す機会があるんですけど、過激な発言はまずしないね。あと、あの人はダメ、しょうもない、とかの悪口も言わない。

 

ひとことで表現すると、お坊さんは人間評価に関して消極的に思えるの。八方美人はバリバリの積極型で、ガンガン褒めるて相手の懐にスポっと入る。で、後で嫌われる。分かっているけど、これを繰り返す人だな。

 

嫌われたら商売にならなもの

 

ここまで言うと実も蓋もないってことになるかもしれないけどさあ、、、。

お坊さんって、心の中で“嫌われたら商売にならない”って思っているでしょうね。

死んだ人を相手にする仕事だから、故人の悪口は慎む。これは徹底しておかないと檀家から顰蹙買う。

 

絶対に死んだ方がいい人っているじゃない。オウムの麻原とか、幼女殺人の宮崎とか。でも悪口言わないものね。

 

オレ、知り合いの坊さんに麻原彰晃について少し話を振った事があるの。最後まで悪口言わなかったね。彼の生い立ちとか知ってたから、個人的に興味はあったはず。

同じ宗教家としての立場とかもわかるんじゃないかなあ、口には出さないけど、人を話しで引きつける技とか、見習うべきものはあったんだろうね。

 

そういう商売としても生臭い部分があるけど、表には絶対にださない。

八方美人の体当たり作戦に比べると、うーんって感じなんです、正直言って。

 

 傷付けられたくない、嫌われたくないなんて考える必要ない|人の考える事って共通部分も多いからさ

 

たまに突拍子もない奴がでてきて世間をざわつかせるけど、普通の人が考える事って幾つかに集約されるじゃないですか。

だから、表面的に誰にも支持されないような人でも、味方はいるんです。「賛成です、賛同します」って面と向かって言われない場合でも、同意見の人はいるの。

 

で、なにかの時に、思い出したように「あのときはさあ、アナタの意見に賛成だったけど、雰囲気的に追い詰められてたでしょ、、、」みたいな事がある。

 

それぞれの生き方の問題だけど、嫌われないように口を慎んで、誰からも好意を持たれる人柄で生きていくのと、一人くらいは賛同してくれる人がいるだろうと思った事を口に出す生き方の違い。

どっちが得かは死ぬ直前までわからないの。

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