我が子よ、なぜ暗い顔して何も言わない|無力でちっぽけで役立たずな自分に思えてくる

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自分がちっぽけな存在に思えて寂しく、悲しく感じるときあります。自分に自信がなくなったときに、こういう思いかられるんです。

いてもいなくても、どっちでもいいような役立たずに思えるの。

 

家族がなにかで悩んでいるときに、相談にすらのってあげられない。

友達が嫌な思いをしたときに、うまく励ましてあげられない。

なんて自分は無力な存在なんだろうと悲しくなるのです。

 

ここでは、こんなふうに心を痛めているとき、どういうふうに自分を受け止めたらいいのかについてわかりやすく解説したいと思います。

  

人はもともと無力でちっぽけな存在

 

物事がうまく進まずに自分の力の無さを痛感し、自分の存在がちっぽけに思えてくる。でも、そもそも論ですけど人間なんてもともと無力で役立たずな存在なんです。

生まれたての赤ちゃんは泣くことしかできないでしょ。100%親が面倒見てあげなければ生き延びることできないのですもの。(ある意味、嫌や周囲の人達を幸せな気持ちにしてくれ癒しの力はあるけど)

 

その無力な存在が周りの助けを借りながら少しずつ力をつけていく。知識を蓄積していくんです。その結果、それぞれの年代ごとの社会で影響力を発揮するようになるの。

小学生ならその子供社内で周囲に影響のある発言をする子供がでてくる。

 

これが大人になるまでつづいていくの。

耳を傾けるような発言をする人は、リーダー的な存在になる。リーダーのサポート役が適任の人もいる。典型的なのが政治家で、発言することだ大好き。

  

普通の人の影響力ってどこまで届く

 

普通の人だったら、その影響力が伝わるのは自分の周りくらいまでですよね。家族とか友人、勤め先の部下、同僚、上司。あとは取引先の方々。

専業主婦だったら、家族と友人くらいに留まる。PTAの役員をするのが大好きな人いますけどね。

 

で、「自分の娘の相談にのってあげられない」と自分を責めているです。大切な娘がここ1週間ふさぎ込んでいる。何か学校で有ったに違いないと、お母さんは推測するわけです。

それとなく探りを入れる。でも思春期の娘は、なんでもない、と言うばかり。

ここでお母さんは頭を抱えるのです。もう、あたしじゃ相談にのってあげられない、と。

 

お母さんの気持ちは良くわかります。可愛い娘が悩んでいる。いつもの笑顔を見せてくれない。一体なにがあったのだろう。

娘の部屋に紅茶やクッキーを運んで、話を聞き出そうとするけど、いっこに埒があかない。

 

母親が無力なんじゃないんです

  

人には、事を起こすときのタイミングがあります。

自分なりに問題を突き詰めて、頭の中でああでもない、こうでもないと自問自答するんです。

この自問自答にある程度の時間をかけないと考え抜いた気持ちにならない。お母さんに何も話さないのはまだ、その段階まで来ていないからなんです。期が熟してないの。

 

娘は精一杯、事態を分析し解決策を探している。友達との関係を悪化させずに今の問題を乗り切るにはどうすればいいのかを自分なりにシミュレーションしているんです。

 

それがひととおり終わると、母親からの問いかけにもこたえることができるようになる。

自分だけで考えたいプライベート領域から問題が抜けてきたわけです。逆に言えば、どんなに力のあるカウンセラーであっても、問題がプライベート領域から突き抜けてくれるまでは会話にはならないの。

 

これが幼稚園児だったら、最初からお母さんに相談しています。幼児にはプライベート領域などなく、母親と一心同体ですからね。

 

犯罪者の取り調べでの例

 

犯罪者が警察に逮捕され、取り仕調べが始まりますね。犯行の動機や経緯を細かく聞き出して調書に記録する。

でも初めからすらすらと事態を離す犯人はいないんです。

みんな一旦は自分の中での自問自答を繰り返す。人によっては黙秘したり、のらりくらりと話をはぐらかして、自分のなかで機が熟すまで考え抜くわけです。

その結果、洗いざらい正直に話して気分をスッキリさせる犯人もいれば、墓場までウソをもっていくと腹をくくる犯人もいる。いずれも、そこで腹をくくってプライベート領域から脱したということなの。

 

長い間逃走し続けていた犯人が、ある日突然出頭してくるケースってあるじゃないですか?マスコミとかも、いったい何がおこったんだ、って大騒ぎするの。

でも、これってやっと犯人のプライベート領域をでたってことなんです。

自分が犯した犯行を見つめなおし、このあと自分は一体どうなるのかを推測し、どうするべきなのかを自問自答しつづけた結果、出頭すべきだと判断したわけです。

まとめ

 

自分がちっぽけな存在で、役に立たないと思えてしまうのは、面倒見のいい人なんです。だから落ち込んだらダメですよ。相手が抱えている問題を一緒になって解決していこう、という前向きな人。

 でも、そこが少しだけ違うの。

小学校高学年以上ともなれば、自分の頭で一旦は事を整理しようとするんです。自分なりに事態を振り返って、とりあえず頭の中に問題をどっしりと座らせるの。

原因が何か。

その結果、なにが起こったか。

途中で食い止めることか可能だったのか。

 

これらが明確にならないうちは、誰にも相談なんてできない。相談のしようがない。なにを聞いていいかすらわからない。

 

ついこの前まで、どんなことでも素直に相談してくれた子供が、難しい顔をして口を閉じている。親としては心配だし、自分の力が及ばないのかと寂しくなるかもしれませんね。

でもね、どれは違うんです。

子供が大人になった証拠なんです。だから、少しだけまってください。そうしたらきっと、昔と同じように相談しにくるはずですから。

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