親離れできないのは優しい性格だからか、それとも刷り込まれたか|親との接点を見つめ直してみて

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読売新聞のくらし面に掲載された『人生案内』という相談コーナーを読んで思いついた記事なんです。

相談とは20代の女性会社員が親離れできずに悩んでいる、というもの。両親とも60代で元気に暮らしているから差し迫った問題があるわけではない。

両親の実家から車で10分ほどのところに住んでいる。

 

この先、何回親に会えるだろうかと考えると寂しくて仕方がない。こんなに親離れできない自分をどうしたらいいのか、が相談なんです。

 

ここでは、親離れできない人の心の底に横たわる不自然なひっかかりについて解説していみます。

親離れできない相談者への答えは

 

気持ちが温かくなるお答えでした。つまり、車で10分のところに住み、経済的にもしっかりと自立している。親離れはでいているんですよ、とおっしゃってくれていました。

親と会う日数を限定して、友達と出かけるなどスケジュールを工夫してみては、とのアドバイス。

さすがです。

 

親にフォーカスしてしまっている気持ちを、友達との楽しいひと時に振り当てる事で切り替えを図ってい見ては、という作戦ですね。

これ、上手くいくと解決できるかもしれませんね。

友達とのおしゃべりがこんなに楽しかったのか、と。

 

H2)親の死を悲しめるのが一番の親孝行なんだ

 

相談者の一文に“このあと何回親と会えるか”とか“親が死んでしまったら”というところがあったんです。

これって引っかかるでしょ。

相談役の先生は、人生には寿命があって、人は順番に亡くなっていくもの、と優しくお答えいただいています。

全くその通り。

人はいつか絶対に死ぬ。寿命は個人によってバラバラですね。

でも一番いい死に方は、平均寿命くらいまで生きて、人生を全うした感じで旅立つ事。

で、オレが思っている前提条件は、親子の死が逆転しない事なんです。

 

子供は親より先に死んだら絶対ダメ。それが一番親不孝だと思うの。

だから、オレからこの20代の女性に言いたいのは、親が死んで悲しい思いをしたら親孝行という事。

親の死を悲しめるのが親孝行なんです。

気になるのは親が死んだときの事を書いている点

 

ここでオレの中の悪魔の思考がゆっくりと動き出してしまいました。

相談者の20代の女性に質問があるの。

 

「アナタさあ、子供の頃から親思いの良い子だったんじゃない?」って。

親に心配かけまいと、一生懸命勉強して、いつもニコニコして家の雰囲気を明るくするように努めていなかった、と。

 

車で10分くらいのところに一人で住んでいるのは、本当は家を出たかったんじゃないですか、って聞いてみたいんです。

お姉さんは実際、家を出て県外に住み、年に数回しか実家には帰ってこないんでしょ。

 

で、気になるのは親が死んだ時の事を書いているの。両親とも60代で元気にしているんだから、死を連想するなんて飛躍しすぎている。

 

刷り込まれているんじゃないの

 

はっきり言うと、この女性は両親のどちらかに(母親の可能性の方が一般てきには高い)刷り込まれているんじゃない?って思うわけ。

 

人生相談の先生としては、読んだ文章からもしかしたら感づいたかもしれないけど、ここから先を書くのは躊躇われたんでしょう。

 

この人、親のために自分の人生を犠牲にしちゃっているじゃない。親の介護が必要なのはまだ20年くらい先でしょ。

それなのに心は親の事で支配されちゃっているの。

お姉さんはきっと、刷り込みに気付いてドライな関係が得策と自分をプロテクトしたんじゃないかなあ、と思う。

そのお姉さんの態度に気付いた親は、妹にフォーカスして取り込んでいった。

 

勉強で良い成績を取れは、褒める。でも運動会の徒競走で一番になっても興味は示さない。“あれっアタシ頑張って一番をとったけど、これはお母さんにとってみたら意味がないことなのね”って。

次第に親の価値観に染められていった。

 

これを続えていくと、親から離れられなくなるんです。親の顔色が気になってしかたがなくなるんです。

親の為に生きるようになってしまう。

そして、親無しでは生きていく意味がないと感じ始める。

もしかして、これじゃないですか??

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