酒のみの男の気持ちわかってください

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アル中やアルコール依存症は論外として、週一回の仕事帰りの居酒屋だったら問題ないでしょ。

金曜日、土曜日の夜の家飲みだったら少々深酒したっていいじゃない。酔いが回っての酒じゃないですか。

なんとなく身体がフワフワしてきたぐらいで止められちゃうとつまらないんです。

はた目には普通に見えても自分的には十分手応えがあって、ギリギリっていうのがいい。

 

ここでは酒飲み男の肩を持って、「アナタしっかりしなさいよ!」って目を三角に吊り上げる奥さんたちに物申してみようと思うのです。果たして自滅か??

週の中盤と週末家飲みの目的は違うんだ

 

ウイークデイの仕事上がりに勤め先の仲間と居酒屋で一杯やるのは、俗に言う“ノミニケーション”で、仕事や上司、お局の愚痴を言い合い、憂さ晴らし、社内の噂、最新情報などの交換の場なんです。

勤め先でそれなりに居心地よく仕事をするためには必要な席で、適当に参加だけはしておいたほうがいいの。なにかと便利な情報も入ってくるんです。

一方で金曜日、土曜日の夜に家でテレビ観ながら飲む酒は一種の現実逃避なんです。それほど深刻でなくとも、誰にでも自分の嫌な部分ってあるでしょ。

それってわかっちゃいるけど直せないものなの。でも毎日その自分の嫌な面と付き合いつつ仕事をするわけですよ。

会社の偉い人に頭を下げたくないとか、取引先の接待で愛想笑いなんかしたくないとか思いながらも、ガンバルわけです。

そんな自分を捨てて、嫌なものは嫌だ、とシャキッと生きていたいでしょ。でも現実はそう簡単には変えられない。

そういうのって、サラリーマンとして仕方ないと割り切っているつもりでも、心の片隅で男として情けないなあって思っているの。

べつにだからつてノイローゼとかに陥るわけじぁないけど、いっときだけでも、そんな軽い自己嫌悪から解放されたいっいて思う。それを吹き飛ばすのが家飲みなんです。

男は同僚とか友達とかとの会話で充分にリフレッシュできない生き物なんです。共感されたり共感したりでは癒されない。

 

本日はこれにておしまい的な強制終了モード

 

少し現実逃避に似ているんだけど、思考や感情に強制終了をかけたいんです。

金曜日の夜に、家に帰った後で仕事するつもりなんて全くないですけど、今日は充分頑張ったからこれでおしまいにしなさい、って背中を押してほしいんです。

大人になってからって、少なからず自分の管理義務みたいのが頭の隅で常にくすぶっているの。

職場で妙に鼻につく正論マイペース野郎と週明けには話し合わなきゃいけないとか、プライベートではそう遠くない未来におとずれる親の介護の問題とか、片付かない気持ちがあって、今夜だけでもそんな感情を忘れたいという感覚です。

 

正しい例かどうか不安に思いながら敢えて書かせてださいね。

電車に乗っていてダウン症や知的障害の子供を連れている親を目にするでしょ。するとオレなんかはまだ全然ぬるま湯で、たいして大きな問題は抱えていないと思う。

でも、そういう親御さんってダウン症や知的障害の子供を問題だとは絶対に言わない。お荷物だとは言わないの。

メンタルを張りつめてい生きているから、同情なんて全然不要すって思っているはずなんです。

彼らはあるとき腹を括ったのだろうと思うんです。これが自分の人生で、損も得もないって。すごく強いでしょ。彼ら実際、全然へこたれないし、明るい。

 

それが逆に強がりに見えてしまうわけなんです。
石垣の一番下の石一個をデカイバール使って引っこ抜いたら、すべてがガラガラって崩れちゃうみたいにギリギリの状態で保っているみたいに見えるんです。(本当のところは分かりませんけど)

で、ダウン症や知的障害の子供をもった親って金曜日の夜も、土曜日の夜もまったりなんてできないんです。
不適切な例かのしれないけど、そういう四六時中まとわりついて離れない面倒臭さを強制終了させたくて酒を飲んでるように思うんです。

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