悲観論者も楽観論者もそれぞれメリットがあるけど注意ポイント別々|それぞれこんなところに気をつけて

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悲観論、楽観論には国民性が反映されているように思えますね。

我が日本では圧倒的に悲観論者が多いでしょ。真面目な性格だから“なにか不測の事態が起きたらどうすればよいか”を念頭に生きている。

 

一方、海の向こうのアメリカではどうでしょうか?

基本、楽観論者が多いですね。

何もヤバイことなんて起こりゃしない、と考えてるわけじゃないんですよ。生まれた時から強い国家に守られていて、ある程度は国が何とかしてくれるという強みが根底にある。その上で、やらなけりゃヤバい事になると危険が確実になって重い腰を上げるのが楽観論なんです。

 

ここでは、自分はいったい悲観論、楽観論のどっちに属しているのかわからないという人の為に、それぞれの特徴をご説明し、その上で生活するうえで注意すべきポイントを解説したいと思います。

悲観論者は最悪の事態に備えようと試行錯誤するタイプ

 

生真面目な人に多い悲観論者は、どうしても最悪の事態を想像してしまうんです。

方向性が決まってもいないのに自分が不利な状況に陥ってしまった状態をイメージするの。

 

例えば、ちょうど1週間先に楽しみにしている家族旅行が計画されている。行き先の宿も手配してあるし、見て回る観光スポットやお昼ご飯をたべる有名なレストランも決めてある。

そんなタイミングでフィリピン近くの南海上で台風が発生してしまった。

旅行の一週間前ですから、台風の向かう方向もスピードも過去のデーターと照合して推測しているだけ。憶測をテレビ放送されているに過ぎないでしょ。

悲観論者だってそんな事は百も承知ですから、まずは静観します。

 

突然の台風なんだから宿と連絡して、最悪の場合はドタキャンでも仕方ない。台風が原因だったら、他のお客さんもみな一緒だから、とりあえず待つのが正しい。

もしこの状態で相当凹むとしたらかなりの悲観論者です。

 

これが家族旅行じやなくて自分の息子の結婚式だったらどう考えますか?遠方の親戚や、友人にも披露宴の招待状を出している。

昨今の強烈な台風被害を目の当たりにしているから、台風が直撃する地域だったら結婚式どころじゃないでしょ。それでも一生に一度の結婚式ですから、キャンセルなんかするのは縁起でもない。

あれもこれもで気持ちが動転して下手をするとパニックになってしまうのが悲観論者ですね。

 

 

悲観論者で的確なアクションをとれる人は生き延び、とれない人はただオロオロするだけ

 

先々を考えて先手で対策とるのは行動力があって頼もしい限り。意味がある悲観論者なんです。

でも、オロオロ心配するだけで何もしない人もいるでしょ。そういう人は心配する意味がないの。冷たい物言いいでゴメンナサイね。でも現実問題そうなんですよ。

 

危機感を抱いたら、先走った行動をとらず、問題を払拭するためにできる事を列挙して、優先順位の高い物から実行していく。

あらためて自分の住む地域の土地の高さや、近くを流れる川、緊急避難する場所、持ち物とうとうを調べて書き出す。

 

相談して解決できることは勝手な判断をくださない。

披露宴の式場に連絡をして、こんな場合にはどうすべきかを相談するんです。相手はプロですから非常事態の対応は一通り決まっているはず。あせって、自分からキャンセルなんかする必要はないの。

 

楽観論者は問題が起きても誰かがなんとかしてくれると落ち着きはらっている

 

問題なんて起きやしないと楽観視しているとしたら、それは単なるバカですね。起きる確率は低くとも、事態は急激に変化して問題化して気がついたら巻き込まれていたというものなんです。

それでも生き残れる自信がある人が楽観論者なんです。

 

前述の台風の例で言えば、1週間くらい前の情報では全くアタフタしないんです。事態は急変するとはいっても、気合をいれるには未確定な情報が多すぎるの。

確実に自分の住む地域を直撃すると確定してしまった場合に、直撃の何時間前に何をしておけばよいかが分かって落ち着いているのが楽観論者なの。無駄な心配はしない。でも、やるべき時がきたらすぐさま行動に移す。

修羅場をくぐっているから下手に騒がないの。ヤバイ時の為に体力温存。タイミングが分かっているから、出だしさえ遅れなければ問題ないんです。

 

楽観論者はタイミングを見誤ると危険に巻き込まれる、でも自分を変えない

 

自信があって、それを裏付ける実力もある。だから自分を過信し過ぎると傾向にある。これぞ楽観論者なんです。

美しいでしょ。

楽観主義って美しいんです。

 

自信満々でいながら、一歩間違えると危険に巻き込まれてしまう。それなら一歩間違えても安全でいられる太い道をあるけばいいじゃないかと傍から見れば思う。

でも、太い道は歩かないの。なぜなら、絶対的な自信があるからなんです。

もし、ここで少しだけ太い道に身をあずけたとしたら、それは悲観論者にスライドしたことになる。生粋の楽観主義者ではなくなってしまうんです。

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