こだわりはメンタルのアキレス腱|されど本気でこだわるべきは?

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こだわりのファッション、こだわりの文房具、こだわりのインテリア、こだわりの店、、、。

なかなかいいものですね。

こだわりはメンタルのアキレス腱といわれますが、健全な趣味として“こだわり”は生活にハリを与えてくれる。

他は許せるけどここだけは、というこだわりです。

“こだわり“がエスカレートするのを観察してみると、健全から一風風変りへと移り変わり、奇異・異常に変貌し、いよいよ自滅の坂道への地続きが見えてくるのです。

たいていの大人はこだわり抜いたと言いつつも、正常の範囲でしっかりと留まっているわけですね。

ここでは、本当にこだわるべき物を正常の範囲内でこだわり抜く極意をご説明いたします。

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こだわりグッズ

 

冒頭あげたこだわりのファッション、文房具、インテリア等々以外にも、目に映りづらい“こだわり”はたくさんあります。

勝負服ならぬ勝負パンツとか、勝負メシ。

勝負の掛かった日には、必ずこの道を通って駅に向かうなど、など。

これらには何かの効果があるの?とおもうでしょ。

単なるジンクスでしょ、という方も多いかと思います。

じつは効果があるのです。

心を落ち着かせるはたらきがある。

逆に、これをやり忘れたがために極度な緊張に襲われて大失敗したなどの例もあるのです。

つまり“こだわり”には依存性があるのです。

一種のお守りのような存在ですけど、人によってはもっと強烈なのですよ。

お守りはほのぼのしていて、ちょっとおばあちゃんが話して聞かせてくれた昔話みたいな雰囲気です。

学業成就、商売繁盛、交通安全とか効能別になっているけど、それを持っていてもダメな物はダメってみんな分かって買っているわけ。

だからお守りに毎日手を合わせる人っていないでしょ。

財布の奥の方に突っ込んでおく程度であったり、車のダッシュボードに入れっぱなしとか。

せいぜい、翌年の正月に新しいのを買うのと引き換えに返納する程度。

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勝負服というお守り

 

 

勝負服とか勝負メシ、勝負道はもっとダイレクトに心にインパクトを与えます。

手軽なところでいうと、靴に足を通す順番、ハンカチ、­­仏壇に線香をあげる、決まった音楽を聴く。

駅まで歩くのに別の道を通っちゃったのに気づいて、引き返してもう一度歩き直すなんてのも決して珍しくないんです。

 

先に書いたとおり、この勝負xxxは自滅と地続きになっているのです。

簡単な物を一つだけ決めて、気持ちを落ち着かせる為やるのは正しい使い方。

でも5個も6個も勝負xxxを作っちゃうと、強迫観念みたいになっちゃうんですよ。

赤いハンカチ持った、仏壇にお線香をあげた、よしよし、あとは靴下は左から履いて靴は右から,、、あっ逆だったか、、、?

最初からやり直さないと、みたいになるの。

ここまでくると異常ですよね。

で、結局、勝負の場に遅刻して自滅してしまう。

勝負xxxなんてのは単なる気休めなんだから1つ決めておけば充分なんですよ。

こういう他力はエスカレートするろくなことにならない。

無けりゃ無いでも全然かまわない。

 

 

これは譲れない、こだわるだけの価値があるもの

 

これだけは譲れない事と問われてなにが浮かびますか?

 

今、全力を傾けて頑張っている目標があるとします。

そこで譲れないものは?と問われると比較的簡単にでてくるでしょう。

 

目的がある時って、自分の中に信念みたいなものが出来上がっているんですよね。

だから、譲れないものも出てくるの。

価値観が明確化されているからですね。

ところが、それが達成したあとって、また暫く“こだわり”はなくなる。

リフレッシュの時間帯なんですよ。

だから“こだわり”とか“譲れないもの”なんてないのです。

本当に価値ある事にこだわるだけでいいんです。

ジンクスや縁起担ぎにこだわる必要などないのです。

強迫観念へのドミノ倒しを懸念すれば、“こだわり”は少ないほうが良いのです。

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