メソメソしていても始まらない、カラット行こうよ|唐揚げ女にご用心

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悲しいとき、つらいとき、苦しいとき、メソメソしたくなるものです。

いいんです、誰だってそうなのですから。

でも、それが延々続いてしまうと孤立します。

取り残されて一人ぼっちになってしまう。

かりに引きづっていたとしてお、対外的には、ある程度のところで区切りをつけて我慢したほうが正解なのです。

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自己憐憫は依存度が高い

 

いつまでもふさぎ込んでいる人を見ると「メソメソしたってさ周りが気を使うだけだから、家に帰って一人になったときにしてくれよ」って思うでしょ。

 

でもねえ、延々とメソメソが続く人はちょっと別物です。

 

その「周りが気を使うから」とか「一人になってから」っていうのがもそもそもの間違いなんですよ。

自己憐憫とは周りを巻き込むことでますますドラマチックに仕上がっていくんです。

同情されるから気持ちが盛り上がる。

可愛そうに、と思われることで快感を得ているのです。

ひとり陰に隠れてでもいいけれど、それが噂になって広まっていかないと悲しんでいる意味がないわけ。

 

 

メソメソは涙活の役に立つ

 

自己憐憫の依存性を断ち切る方法を一つ知っています。

涙活。

この涙活にメソメソを放り込むのです。

今まではメソメソの2次的効果として周囲から同情される事を期待していたわけじゃないですか。

でも涙活は、悲しい映画やドラマで泣くだけ泣いてさっぱりするのが目的ですから、そこにメソメソのネタも混ぜこねちゃうわけです。

 

◆自己憐憫の2次的効果:周りから同情される

◆涙活の2次的効果:気持ちがサッパリとする

 

もともと、メソメソの原因なんてたいしたことじゃないのですから。

ただ単に悲劇のヒロインになりたいだけなんですから。

 

だから理由なんてどうでもよくてメソメしたい気持ちを涙活の悲しい映画・ドラマに載せてしまえばいいんです。

すると、気持ちが晴れる。

涙活ならではのさっぱり感が湧き出てくるわけです。

この方法でメソメソ依存症を治すのが一番ですよ。

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外はカラッと中はジュワー

 

唐揚げ女って呼ばれる女がいます。

いつも快活で、テキパキで、嫌な事なんか全然引きずらない。

かといって男っぽいわけじゃないんです。

女性の優しさや、きめ細かい気配りもしっかりと身についている。

カラッとしている。

 

でも唐揚げ女は、外はカラッと中はジュワー&じっとりなんです。

 

こういうのは深く付き合ってみないと尻尾をださない。

結婚するまでとか、子供ができるまでカラッとで通す念の入った女がいます。

 

気がつくと変わっているんですよね。

おや!!?

こんな側面あったっけ、みたいな。

 

喧嘩したときに、今までだったら好き勝手に言いたい放題お互いが吐き出すわけですよ。

で一定時間が経過したら、ハイそこまで、で喧嘩は終わる。

ゴメンゴメン、調子に乗って言い過ぎた、とか笑いながらいう。

 

でも、唐揚げ女の正体はハードディスクばりの記憶力です。

ぐちゅぐちゅ昔の事を思い出しては涙浮かべてこっちを攻める。

 

◆結婚披露宴のドレス選ぶときに5回も試着したのに、毎回「それでいいんじゃない」しか言わなかった。

◆新婚旅行の行きの飛行機でづっと寝てた。旅行のガイドブック買って一緒にプラン立てようと思っていたのに。

◆バレンタインのチョコレートだって中にいろいろな味のグミを入れて工夫したのに、酔っぱらった勢いで全部食べた。

 

オイオイオイいつの話してんだよ、ってくらい覚えているの。

 

その時に言えばいいじゃん、ってこっちが言うと、「そこで喧嘩になるじゃない。喧嘩はしたくないのよ」っていう理屈。

 

あのサッパリとした性格はいったいなんだったんだ、って思う。

 

家庭的な雰囲気を醸していたのに家事は全然ダメ。

おしとやかと思っていたのに、超ガサツ。

サッパリした性格のはずが、中はじっとり。

こんなのはザラにあるようですね。

 

この唐揚げ女が覚めた時、冷めてもお美味しい唐揚でいられるかが怖いわけです。

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