圧倒的な行動力で生きている人たち

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行動力で敵を圧倒するためには軽快なフットワークが必要。

さらに面倒臭がらずに躊躇なく行動に移す俊敏性がなければ行動力は発揮できません。

「物は試しだ」・「やってみなけりゃわからない」的な、結果に比重を置きすぎない積極的な姿勢も求められます。

こんな人たちはどのように日常を過ごしているのでしょうか?

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誰しも走りっぱなしではいられない

 

同じ人間ですから疲れないなんて事はないんです。

誰だって走りっぱなしじゃいられないんです。

気苦労だって少なからずあるはず。

圧倒的な行動力の人は、メンタル的にもフィジカル的にも超効率的な休息方法を心得ているのでしょうね。

すぐに眠れるとか、椅子に座ったままでも熟睡できて充分に回復できる。

そして、少々不愉快な事があっても、今は休むべきタイミングだと強引にメンタルを切り替える強さがある。

厄介な仕事が気になっていても、一端引き出し入れてカギをかけ熟睡してしまうタフさがあるのです。

 

無責任な人なのか?

 

切り替えがあまりに上手すぎると「人間味に欠ける」・「実は無責任なのでは」というイメージが浮かび上がってきますね。

さらに強靭なメンタルとか、効率重視の生き方からはサイコパスのような人物像すらも見え隠れするわけです。

確かに、そのイメージが間違いであるとは言えないのです。

しかし、もう一方でこんな人物もいるのです。

頼れる仲間がたくさんいる。

仲間の力を借りて、自分が得意とする行動力の部分で力を発揮している。

 

仲間を心底信頼できる豊かな心とは

 

人はあまりにも理不尽な目に会うと、自分の中で消化しきれずに、原因を他人に求めようとするんです。

なぜなのでしょうか?

「これは誰の責任でもない、仕方がなかったんだ」では納得できず、誰かに責任を押し付けたい気分に駆り立てられるんです。

苛立った気持ちを何かにぶっつけたい。

おとしまえをつけたい。

仕返しがしたい、からなのですよ

だから自業自得というのもダメなのです。

その点、行動力のある人は少しくらいの理不尽は気にしない。

世間から吹いてくる風の一種だ、くらいに考えている。

誰かに仕返しの一つもしない限りは、納まりがつかない、ってほど気持ちがささくれ立たない。

これも、仲間効果です。

あとで誰かに愚痴でも聞いてもらう程度で流しちゃう。

ムカついた時に仲間に電話でもして愚痴の一つも言えば、それでスッキリしちゃう。

いつまでもいつまでの自己憐憫でうじうじしないんです。

良い意味でのいい加減さが備わっていて、突然遭遇した嫌味な事にも過剰反応しないし、固執もしないんです。

人とところに留まらない行動利欲はメンタルにも宿っていて、心の淀みを掻き消してくれる役目を果たす。

メンタルの柔軟さと行動力がお互いに支えあう関係として成立しているのです。

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ひとたび回りだせばちょっとやそっとじゃ止まらない

 

もともと行動力が備わっている人は日々の生活のあらゆるものが行動の糧となっています。

なにか興味をそそるものがあれば、「百聞は一見にしかず」とばかりに見に行くでしょ。

「話を聞かせてくださいよ」じゃなく、「ちょっと言ってくるは!」のスタンスで生きているんです。

すると、又聞きで話をするよりも、自分の目でしっかりと見てきた人の話しのほうが信憑性が高い。

みんな、そういう人の周りに集まるようになるわけですね。

これが行動の原動力となってますます活発に動くようになるのです。

 

行動力のある人は考える前に走り出す。

走りながら考える。

こんなふうに言われています。

冒頭で申し上げた、行動力のある人はどこでも眠れるし、休養が取れる。

それと同じで「ながら」の天才なんです。

走りながら考え、軌道修正もする。

 

一方で、のめり込みを防止する効果があります。

じっと押し黙ってひとところにいると、昨日あった嫌な出来事にいつの間にか吸い込まれてしまう。

自己嫌悪とは不安感に取り囲まれて身動きが取れなくなる。

そんなメンタル面の不健康さを払拭する効果が行動力には宿っているのです。

 

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