心を鍛える、とは?|メンタルの強さ、折れない心、強靭な精神力

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メンタルの強さ

「教えてください!どうやったら心を鍛えることができるのですか?メンタルの強さを習得したいのです」

こんな質問をよく目にします。

 質問者はなにかに悩んでいてるのでしょう。

 つまずいて、立ち往生し、行き場を失って途方にくれているのかもしれません。

 自信を失いかけながら、必死に心のトレーニングを模索しているセリフです。

今は、かろうじて平常心を保ちながら、折れない心と強靭な精神力を求めているのです。

目の前に 明確な疑問があって、それだけを解決したいというピンポイントの質問ではありません。

 もっと底の深い粘質性の強い悩みでもがいているように思えるのです。

 
精神力を根本的に鍛え直さなければ前には進めない
重々しさがひしひしと伝わってくるのです。

 

 

 

 

 

 

メンタルの強さを別の角度から

メンタルの強さとはいったいどんなものなのでしょうか?

一度決めた事は最後までやり通す強さ、とか、ぶれない信念と、例を挙げてみても、それだけでは奥行きがないですね。

  別の切り口を考えると「自分に負けるな!」なんていうのも思い浮かびます。

 勝負の世界では、自分がつらいときは相手もつらい。

だから勝負の舞台から降りたら負け。

  どんなにみっともなくとも最後まで戦い続ける。

 
これだと、スポーツ根性モノなら通じるけど、みんながみんな勝負事で挑んでいるわけじゃない。

人生の荒波・人間関係・仕事のつらさとか、強靭な精神力を要するものはたくさんあるのです。
 
  
ギャンブルや危険ドラックなんかが、メンタルが弱っている時にすりよってくると負けちゃったりします。

一度だけの過ちで一生を棒に振ることもある。

 

 

 

 

強靭な精神力は、逆境に耐えるとき、修羅場をくぐりぬけるときにも求められるのです。

波乱万丈の人生を送った人は、実践のなかで心が鍛えられたのでしょう。

敢えて厳しい修行を貫いて、ぶれない心を会得する修行僧のような人もいます。

心が波立たず、プレッシャーに負けず、それでいてあっけらかんとしてる。

結論は最後に申し上げますが、修羅場をくぐり抜けても、厳しい修行をしても、同じ人間なのですから、辛い時は辛いんです。

苦しいのはみんな、一緒なんですよ。
 

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単純に鈍感な人

 

鈍感な人って、それなりに強いですよね。
 
 強いというよりも、こたえないって感じです。

 神経がピリピリするような場面でも全然平気でいられる人。

 
地震で職場のフロアーがグラグラ揺れているのに平気で電話で話していたりします。

 
不可抗力で取引先に迷惑をかけても、自分の責任じゃないって顔して、
取引先が困っていても鼻歌とか歌ってる。

 
確かに港湾ストとかで貨物が動かなければ契約としては不可抗力ですけど、
お客さんの身になれば涼しい顔ばかりしていられないのが普通の神経の持ち主ですよね。

この手の先天的な神経の粗さはメンタルが強いとは言えない。

 
強いのではなく単に鈍感なだけ。

 

 

 

 

 

折れない心というよりも、最初から心が折れ曲がっている人。

だとすると、頑強な精神力の持ち主とは、普通の人と同様にピンチはピンチととらえていて、普通に苦しいわけですね。

強靭な精神力は鈍感からは生まれない


厳しい状況であれば、それを十二分に肌で感じていて、それでいてギブアップしない。

折れない心を持っていて、挽回する術を中腰の姿勢で考える。

それが精神的に強い人なんです。

だから、どうすれば精神的に強くなれるかという問いに対しては、逆境の渦中にいて、汗をだらだら流しながら耐え忍ぶことができる人と言うことになる。

苦しくて、辛くて、心が痛いけれど、それを全身で受け止めながら、次の手を考える人なのです。

 

 

 

 

 

疲れていても、イライラしていても、どんなにしんどくても、焦燥感にさいなまれていても、自暴自棄にならずないタフさが必要なのです。

だからメンタルが強くても、折れない心を持っていても、辛いことは辛いのです。

 無痛症という病気があります。

怪我をしても痛みを感じない病気です。

殴られても、切られてもなんともない。

常時麻酔をかけられた状態でいるわけです。

肉体的鈍感を極限まで突き詰めたような症状です。

全身麻酔で身体の痛みだけを取り除き、頭だけはクリアーな状態。

 

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メンタル的な鈍感の最高峰は解離性人格障害となりましょうか。
(解離性人格障害で治療中の方、ゴメンナサイ)

 俗にいう二重人格という奴です。

辛すぎて、今の自分の精神力では受け止めきれない、耐えきれないとなったときに別の人格へと瞬間的に入れ替わってしまう。

 
精神的に追い込まれ、その辛さから逃れるために、いっそのこと死んでしまおうかと考える人がいます。

それを別の人格を出現させて、死にストップをかけているわけです。

 

自分を理解し、信じる

 

強靭な精神力の基礎の部分は、自分で自分のことを理解しているかどうかなのです

自分を理解せずして、自分を信じることなでできないからです。

しかし、自分を知ることほど難しいものはないのです。

そこで必要となるのが周囲からの反射光です。

周囲に本当の自分をさらけ出し、回りが自分を理解してくれている、賛同してくれている、認めてくれている、と知って初めて自分に自信がもてるようになるのです。

本当の自分を表に出さなければ、なにも始まらないんです

 

 

 

 

 

周りの人とコミュニケーションをとりながら、自分自身から目をそらさずに、しっかり見据える必要があるのです。

そして「今の俺でいいんだ」とうい基礎の部分が出来上がる。

 

そうやって心を鍛える事の第一歩が出来上がるのです。

メンタルの強さとは、麻酔も使わず、生身の状態で、正気で苦痛をしのぎきることなのです。

自分を信じているからこそ、俺ならできる、と断固として粘り続ける意志がでてくる。

辛い日々、つらい体験でも、心の持久力で乗り越えるわけです。

自分を信じているから、ゴールが想像できるわけです。

どんな逆境でも、這い上がる自信があるから泣き言など言わずに無言で耐えられるのです。

それが正しいいをみんなが、自分を信じ、応援してくれているのがわかっているから心が折れないのです。

そして自分を信じた後に訪れる「満足感と安堵感をチラリチラリと意識しながら、「耐えねばならぬ苦痛」に負けないでいることなのです。

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