不安障害ともの悲しさの境界・プチうつ:脳がすすり泣くのが聞こえる

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日曜日のプチうつ感

 

慢性的な不安感が悩み種なのです。 

不安が強ければ病院にでも駆け込むのですが、不安障害と、もの悲しさの境界あたり。

それも日曜日の午後と月曜日の朝だけとなると、サザエさん症候群と鼻で笑われて終わりと思うのです。

うつ病とはでは言っていませんが、プチうつではあるのです。

 

 

 

 

 

 

 

一端、自分自身の症状は横に於いて、客観的に考えてみました。


日曜日の夕方や夜、みんなブルーな気持でいるのでしょうか。

変なもの悲しさに取りつかれてはいないのでしょうか?

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「ようし、明日からまたガンバルぞ!」と気合の入る人もいるのでしょうか。

仕事を忘れて、土曜日、日曜日を満喫すればするほど、その反動で月曜日からの会社が億劫になるのかとも考えてみました。

だとしたら、休日の過ごし方として 気分転換やリフレッシュには成功しているのでしょうが、そのぶん仕事がよけい面倒になる。

 

で、ここまではいいのです。

「あーあっ、明日からまた会社か、面倒臭せえなあー」なら、まだまともな範疇と言えるのです。

脳がぼやいているって感じですね。

ワタシの問題は、  これが不安感とプチうつ状態になってきている事なのです。

脳がすすり泣いているように感じるのです。

日曜日の夕方のブルーな気分が億劫感だったら正常です。

誰だって、出勤するより休日のほうがいいに決まっていますから。

でも、不安障害ともの悲しさの境界線あたりとなるとヤバイ雰囲気が漂うのです。

 

 億劫と不安は根本的に異なっていますよね。

脳がすすり泣くのが聞こえてきて、プチうつがこのまま膨張したら、どこか別のとんでもない精神疾患の道につなりやしないかと危惧するのです。

 

 

ジョギングの効能

 

そこで晩酌を止め、土曜日か日曜日にジョギングを始めたのです。

このジョギングは不安感の解消に即効性がありますね。

ジョギングのような規則正しいリズム運動は、脳にはと良いとのこと。

脳内伝達物質のセロトニンを分泌してくれる効果がある。

 

 

 

 

 

 

 
 小一時間のジョギングを終えて家でシャワーを浴びたあとなどは、心地よさは格別ですよ。

日曜日の午後なのにもかかわらず、まるで陽だまりの中でまどろむようなほのぼの感を味わえるのです。

規則正しいリズム運動としては、ジョギング以外にウォーキング、縄跳び、水泳、エアロビクス等々、いろいろあり、どれも30分以上続ける事で、うつ病に効果があると本で読んだことがあります。

個人的には、太皷なんかも良いと持っているんですよ(まだ、試してはいないのですかが)。

しかし、残念なのは効果が持続しないのです。

ほのぼの感、ホッコリ感はほんのつかの間で終わってしまうのです。  

とても良い気持ちで、何かに守られているような安心感なのですが、数分間でしょうか。

 それじゃ、お前はどうやって日曜日の不安感・プチうつと戦っているんだ、と聞かれると実に情けない方法なのです。

 

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セコイ気の紛らわし方

 

家の近所に子供の頃によく遊んだ1歳年上の友人が住んでいます。

今はもうだいぶ疎遠になっていますが、彼の近況は風の便りで耳に入ってきます。

どうやら、務めていた会社を辞めたらしいと。

 

そして、数年前に実家の土地に立てた5階建てのマンションの管理人をやっていると。

 これには、なかなかの優越感を感じたのです。

 

子供の頃から見た目も格好よく、スポーツ万能だった彼が、ビルの管理人に納まった。


 
なぜか、ほっとするのです。

これが、なぜか、もの悲しさと不安感を和らべるのです。

プチうつが消えてくれるのです。

俺は、いまでもこうして世の中の荒波にもられれいるぜ!、みたいな優越感なのかもしれません。

実にセコイ気分転換法ですね。

自分でも、男らしくないと半分反省をしつつ、も「他人の不幸は蜜の味」に通底するこの気分の紛らわし方を使わせて頂いているのです。

 

最悪を思い出してもの悲しさを吹き飛ばす

 

もうひとつは、自分自身の嫌な気分を逆利用するとういパターンです。

30代の中ごろ、仕事で大きなミスをしました。   

取引先からも大クレームで、上司が謝罪に回ったのを覚えています。

 全部が全部、ワタシのミスではありませんでしたが、8割程度がワタシの責任。

 金曜日の夕方、上司から、「月曜日に事情を詳しく聞かせてもらう。、日できちんと事の顛末を整理しておくように」と言われました。

これは大きなプレッシャーでした。

その時のプレッシャーとストレス感情を敢えて思いだすのです。

日曜日の午後から夕方にかけての超ブルーで不安障害ともの悲しさの境界に立たされているけれど、あの時のプレッシャーとストレスに比べれば、どおって事ないさ、と。

そして「いまは単なる日曜日。明日も単なる月曜日、何か特別嫌な事があるわけじゃない!」と、自分を慰める。

  これもそれなりに気分を落ち着かせる効果があるのです。

この二つの方法は、大げさに言えば『心に蓋をする』のと同じ事で、現実逃避作戦です。

でも、月曜日には間違いなく出勤するのですから、適当に気分をごまかすのも悪くはないのです。

若くれフレッシュな社会人のみなさん!こうして中年のおじさんも 日曜日の夕方のサザエさん症候群を二つの方法で薄めにかかっているわけです。

 

仕事がもたらす不安感

 なぜ、仕事が不安となって現われてくるのか、自分なりに推測してみました。

まず、自分の性格に 短刀直入に切り込んでみたのです。

もし仕事を止めたとしたら不安はなくなるのか?消えてくれるのか?

 夏休み、冬休み、ゴールデンウイークと長期間の休みではプチうつに悩まされることはないのです。

不安障害にも、もの悲しさにも、全然襲ってきません(休みが終わりに近づくと、忍び寄ってきますが)。

 と考えると、仕事を止めてしまえば不安は消えてしまう、というのも一つの仮説です。

働くのをやめて、引きこもりとか、ニートとか、ルンペンとかになってしまえば、心は穏やかにおさまってくれるのか?と。

いや、ダメですね。

ワタシ自信の性格を考えると、仕事を辞めるにしても、年退職でなければダメだという結論なのです。

まだ働けるのにもかかわらず仕事を辞めたとなると、こんど自己嫌悪と罪悪感という厄介な敵が出てくると推測できるのです。

 労働という責任を果たさないと、小心者のワタシはその罪悪感に悩まされるのに決まっているのです。

損な性格です。

難しいですね。

 

働きたくないけれど、いま辞めたら責任放棄のうしろめたさで罪悪感が顔をだす。

かといって、今のままでは不安感ともの悲しさが週末ごとに襲ってくる。

まったくもって厄介です。

 

 と、このとき、はたと気づいたのです。

  自分には責任という言葉が鬼門なのだと。

 責任逃れをすると、うしろめたさから罪悪感が絡みついてくる。

良心の呵責に追いかけらえれる。

 

それなら、責任重大な大きな仕事ができるのかというと、そんな度胸はない。

若い頃は、「仕事なんかかったるいだけ」なんていうふうにイキがっていた。

なぜなら、仕事の怖さがわかっていなかったからです。

 

 今となっては、 一度契約を取り交わしたら、それを全うしなければな、という現実が目の前に立ちはだかっている。

 この、なんとも気分の悪い息苦しさを若いころは知らなかったのです。

歳を重ね、中間管理職になったところで仕事の怖さを知った。

責任をとらなければならない立場に立って仕事が怖くなったのかもしれません。

商社に勤めて、商談には成功したものの、代金の回収は大丈夫だろうか?

不良債権などつくったら大変なことになる。

 いままでバカにしていた仕事が、実は契約を全うしなければ訴えられることだってあり得ると。

この不安に蓋などしている場合じゃないですよね。 

 

 

 

 

 

 

なにをもって自分を奮い立たせればよいのかわからないけれど、真正面から取り組むこと以外、逃げられそうにないのです。

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