責任感の正体は自己否定
どうやら仕事から離れられない理由は二重底になっているようなのです。
無責任になりきれないまじめさと負けず嫌いが最初の底。
二重めの底には、彼自身も気付いていないのかもしれない。
自分を価値を認めさせたいという承認欲求と劣等感だ。
人と同じことをしていたのでは見捨てられる、という不安感が深く広く根を張っているのです。今のままでは早晩、お払い箱だという強烈な自己否定が根底にあるのです。
生きる為には認めてもらはなければならないと、四六時中他人と張り合っている。仕事が人よりも出来なければならないと自爆的な責任感を抱いている。そして、悪い意味で、歯止めが効かない仕事への執着心が自滅を招くのです。
仕事へのこだわりと執着
「もう充分がんばったじゃないか。あとは俺たちに任せて身体をやすめろよ」というねぎらいが彼には通じない。
自滅行為のような責任感で、仕事から離れようとしない。
こだわりと執着で身動きが取れないのです。
このままじゃうつ病になって自滅するぞ、とたしなめても耳をかそうとしない。
なぜ執着しつづけるのか?
彼なりの理由があって譲れないのだが、口に出して言う事が出来ないのだ。
だからいつも、ここまでやれば一区切り、という分岐点にまだ達していないと言う。
それなのに何時間も残業をして、一区切りつかない。
本当は区切りなどつけるつもりはないのだ。エンドレスこそが唯一、心が休まる状態なのだ。
義労困憊のうつ状態だから仕事にミスがではじめている。
慎重な性格が幸いして、自らミスに気付き修正します。はたから見ると、疲れが招いた悪循環。
だが、本人の口からは 「今、俺が倒れるわけには行かない。この状況で細かな事情を把握しながら仕事を進められるのは自分しかいないのだから」と仕事に執着するのです。
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自滅への分かれ道
うつ病の先の道は3つに分かれています。
右にカーブする先には精神科医が患者の受診にそなえている。ここにたどりつければ、自滅行為に走っていると我になえれるかもしれない。
真ん中の道を進むと、落とし穴が掘られていて、ズコンとはまって尻餅をついた瞬間に気分がハイテンションに一変する。
躁転。 うつの底が抜けると、躁になるという、あの躁病です。周囲の人間誰からも信用されない狂気のホラ吹き人間へと変貌していく。
左にカーブしながら緩やかに上昇する坂道は果てしなく長い。 責任感だけで突き進むが、行けども、行けども上り坂は続く。
へとへとになって精も根も尽き果てたとき、ちょうど高台に到着します。
その先は断崖絶壁。 引き返すしかないと普通の人間は考える。 だが、責任感で疲労困憊した彼には戻るという発想はでてこない。
「ここで終わりにするのも悪くないか」と心の中で呟く自分がいる。
飛び降りてしまおう、ここでキッパリとゼロクリアーしてしまおう、と自滅するのだ。
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命を投げ打ってまで果たそうとする責任感
自らの命を投げ打ってまで執着し、食い下がらなければならない仕事とはいかなるものなのか?
それは仕事の中身が問題ではないのです。
自己満足のこだわり。自分にしか手出しできない複雑な難題だと思い込んで、みずから両手両脚を仕事に絡みつかせている。
彼の頭の中は、自分がやらずして誰がやるのだという思いに自らのめり込んでいるのです。
自己否定と劣等感から抜け出るために、命をかけて、自分にしか対応できない仕事がここに存在していると、意地を張って証明しようとしているのです。
ワーカーホリックの特徴の一つでもあるのです。
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