人の価値観って横並びじゃないんです。
- ファッションセンスを磨いて一流のデザイナーになる
- 美味しい物食べて舌を肥やすしフレンチシェフになる
- 人生の教訓になる本を読んで教養を高める
このあたりは割と横一線に並んでいる感じですね。生きる楽しみが価値観になっていて、趣味を兼ねている雰囲気。
次に、こんなのはどうでしょうか?
- 世界平和の為に核の撤廃運動を推し進める
- 地球上から貧困や飢餓がなくなるよう後進国への支援活動をする
- 政治家になって日本国民の生活レベルの向上にエネルギーを注ぐ
前述の趣味系とは深さが違っているでしょ。
これらの中間に“家族、子供の幸福”とか“仕事で業績を上げて出世する“なんかもありますね。
ここでは、自分の価値観を一度、ベロっと引きはがしてゼロクリアしてみたら、なにが心に芽生えるか、新しい人生がスタートできるのかを検証してみたいと思います。
強要された価値観を断捨離みたいにベロっと剥がす
価値観のベースが何であるかによって生き方はだいぶかわってきますね。
多くの人は一番大きなベースを”生きる事“と考えます。でも中には輪廻転生とか、永遠なる魂の存在に染まった人もいるんです。この世での出来事など一握りの砂に過ぎないと思っているの。
この永遠なる魂をベースに生きていると、価値観は底なしにマゾヒスティックになっていきます。終わりがないから精進を強要されて、努力し続けなければならない。
死という最後の瞬間が目前に迫っていても、来世の為に何かに尽くさなければない。
だからアナタの人生が苦難に満ちているのは、前世に原因がある、なんて信じてたらダメなのです。
輪廻転生があるかないかはわからない。でも死んだら一旦そこで終わり。
次の人生は、また真っ白な状態から始まる。
いままで積み上げてきた徳はそこでおしまい。
それまでの努力を20年目の断捨離みたいにベロっと剥がして、スタートライン立つんだと信じましょうよ。
すると、変に怖かった生まれ変わりの呪縛から抜けだすことができるんです。
押し付けられた価値観への執着とは、心のゴミ屋敷のようなもの
価値観を押し付けてくるのの一番手は親です。
代々、医師の家系で子供にも開業医を継がせようとするの。最初の5年間くらいを大学病院で最新医療を勉強し、ある程度のコネをつけておいてから実家を継ぐというパターン。
最初のうちは病気やケガで困っている人を助ける立派なん仕事だと子供の気持ちを引き付けるの、
本心は、せっかく開業した地場の病院を引き継がせて金儲けさせて金儲けさせたいだけなのに、子供相手だから道徳的な話で丸め込もうとする。
医学部を持つ大学の付属小学校とか付属中学校あたりに何とか滑り込ませて、エスカレーター式に医学部まで上げてしまおうと考えるわけですよ。
でも、高校三年生に進級したものの医学部への推薦枠に入れないとなったとき、親は焦るわけです。
偏差値なんて二の次で、とにかく医学部で有ればどこでもいいと豹変する。
医者になってくれさえすればいいを繰り返す。
「医学部合格、それがアナタの為なのよ」を連発するんです。
同じように病気で苦しんでいる人を助ける仕事なのに、看護師じゃ満足できないんです。価値観のズレに戸惑うことになる。もし、医学部に合格できなければ親から見捨てられるかもしれないという思いにかられ、人助けという価値観から親に求められる事への価値観をスライドさせるんです。
親から、アナタの為なのよ、といわれた瞬間に、その価値観をベロっと引っ剥がすんです。それでもって、本当に自分の為なのかを腕組みして考えるの。
価値観の断捨離は、捨てきらずに横に置いておくこと
ずっと大切にしてきた価値観でも、環境の変化とともに時代にそぐわないものになっているケースがありますね。それに気づかず、みずから不自由な状態に身を置いてしまう例もあります。
だからこそ価値観の見直しが大切なんです。
若いころ、経済的に生活が苦しい言葉はよくあります。だって給料が安いんですからね。
で結婚して子供が生まれる。奥さんもパートにでて家計を助ける。
生活が苦しい時の価値観ってサバイバルチックになるでしょ。
贅沢は正月、クリスマス、誕生日くらいでとどめて、できるだけ節約する、みたいな。
その価値観って定年退職間近な熟年夫婦にはそぐわないじゃないですか。たまには温泉にでも夫婦そろって行って、上げ膳、据え膳を単横するでしょ。
戦後の高度経済成長期の『贅沢は敵』を今もって人生の価値観としていると、ものが捨てられなくて自宅がゴミ屋敷化してくる。
若い頃仕事が大好きで、効率重視でガンガン前に進むタイプだった人いても、それ一辺倒だと遅かれ早かれ壁にぶつかるじゃないですか。効率的に処理できる仕事なんて、若いころだけで、どんどん仕事は難しくなる。
事前の根回しなしだったら絶対上手くいかないこともあるし、じっくり考えて進めなければならないものだって出てくるの。
ここで、仕事はロジカルにテキパキとを価値観としていたものから鞍替えしないといけない。
じっくり相手を見て、作戦を立てる。待つべきときは相手の出方を中腰の姿勢でじっくり待つ。
もっと進んでいくと、仕事は部下にやらせる立場に立つから、部下の健康管理(メンタル・フィジカル)を見ていないと失敗するし、家庭の事で悩んでいるようなそぶりがあればそのケアだって必要なんです。
すると、ここにきて自分が若かったころのロジカルにテキパキを部下に教える必要がでてきたりするでしょ。
注意すべきは、大雑把な断捨離は別人に生まれ変わったみたいに気持ちのいいけど、大切なものまで手放してしまうるリスクがあると心しておかないと自分の首をしめちゃうの。
学生時代の恩師に教わった座右の銘は、価値観を変えても大切にとっておいて、事あるごとに思い出したいでしょ。
自分の価値観を見直してみるとは、今の価値観を一旦、自分の横に置くということなんです。
【広告】
関連記事
【広告】