絶体絶命を楽しむマゾヒスティックな嗜好こそが斬新さを生み出し、創造の壁を乗り越えるチャンスなんだ

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手を尽くし、考えをつくして全てのアイディアを絞り出した。

教えられた価値観や他人のアイディアの延長も出し尽くして、自分の袋が空っぽになった。

もう何も残っていない、これ以上は無理だと自分の限界を感じたとき、オリジナルがはじめて始まる。

頼れるものはもうなにも無い。

今こそ絶体絶命のピンチ。

自分を試す最高のチャンスじゃないか!

 

壁を乗り越えられるか、ここで終わるか

 

『絶体絶命のピンチ』や『追い込まれた末の超えられない壁』って最高に面白いシチュエーションだと思いませんか?

そんな状況って滅多にありませんからね。

たいていは、やり残しがありながら本番にぶつからなければならない。

もう数日間あったなら、充分な準備ができたのに、という状況です。

でも、今回は万全を期した。

それにも関わらず、上手くいかないのです。

 

テレビドラマや映画なら幾らでもあります。

でも実生活で経験したことなどないでしょ。

だから客観的に自分を見てみるチャンスなのです。

幽体離脱みたいに自分の身体から離れて、上の方から自分自身の様子を眺めてみるのです。

これによって余裕が生まれてくるのです。

 

ピンチをチャンスに変える

 

アイディアは完全に枯渇して、何も浮かんでこない。

焦りと苛立ちがだんだん不安に変わって、オレもここで終わりかと思った瞬間を、もう一人の自分が面白がって見ている感じです。

「オマエ、この壁を乗り越えられるのか?」って呟きながら。

 

焦らないヒントでピンチをチャンスに

「ピンチをチャンスに変える」

うーっ、ダサい!

手垢まみれの古臭い言い回しですね。

でも、言い尽くされた表現だからこそそこに真実が宿っているのです。

まんざら馬鹿にもできないんですよ。

「幽体離脱みたいに自分を離れたところから遠巻きに見ながら、こいつは今のピンチをどう乗り切るつもりなんだ」とニヤニヤしながら傍観しているって自虐的ですね。

人間って、自分自身が絶体絶命のピンチに立たされたとき、こんなふうに思えるものでしょうか?

この余裕って、まさに自虐と背中合わせになっています。

これが誰もが長年考え試行錯誤しながら求めてきた焦らないメンタルのヒントなんです。

どんな時でも慌てない『余裕のよっちゃん』って、マゾヒスディックな嗜好なのです。

 

マゾヒスティックを下支えする楽観性

 

「苦しい、でも楽しい」

これがストレスを楽しむときの感覚です。

でも、そこには一段低い土台があって、「どうせ何とかなるさ」という楽観的なメンタルが横たわっているんです。

マゾヒスティックな感覚を楽しむ裏には、「失敗したって、たがだかそれだけの事」っていう楽観性がドンと構えているのです。

絶体絶命のピンチとのタイマンを楽しむ裏には、「負けたってどーってことはない」という大胆なふてぶてしさがあって、それでも勝負を楽しむ為にあえて自分を追い込むマゾ的な嗜好があるんです。

 

なぜなら今こうして生きているってことは、これまでの人生、なんとかなってきた事の証なのですから。

その延長での甘い判断かもしれないけれど、たいていの人はなんとかなって人生を、穏やかに終えていくものなんのです。

いわんや、仕事や人間関係の悩みなど、自虐的にとらえて自分の解決能力を推し量りながらニヤついて見ているくらいの余裕があった方が面白いのです。

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やるなと言われると、余計にやりたくなる

 

子供はもちろんのこと、大人だって同じなのです。

やるなと言われると余計に興味が湧いてくるのが人間の妙なのです。

電車の扉に人差し指を挟んでもさほど痛くない事しっていますか?

「駆け込み乗車は扉に挟まれて危険です」とアナウンスされているけど、実際に人が挟まれれば扉は開くでしょ。

それじゃあ、人差し指程の細い物をどれくらいの圧力で挟むか試してみるか、と思って指を挟んでみた事あるあるでしょ。

扉にはクッションの役目のゴムが取り付けられているから、どーって事ないと高を括って指を挟んでみると、本当にどーって事ないんです。

少し痛む程度で、全然我慢できるレベル。

食肉を保存するマイナス30度くらいの冷凍庫に1分間はいっても死にはしないんです。

1分は相当寒いけれど、1分後には確実に扉を開けてくれる約束が成立していれば試してみたいでしょ。

安全は担保されているから、「寒いから止めとけ」って言われてもやってみたくなるものなんです。

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ストレスを跳ねのける力

 

ストレスを跳ねのける力って少しの痛みを楽しむところにあるのです。

リラックスこそが実力を発揮する最も大切な環境だと言われています。

確かに!

一方で、長嶋茂雄さんは現役時代ストレスのかかる場面を自ら楽しんだと言います。この長嶋さんの感覚こそが、極度の緊張(絶体絶命のピンチ)を楽しむマゾ的な嗜好の妙なのです。

「何が何でもここで打たなきゃ観戦に来てくれたファンに顔向けができない」と自分を追い込んだときに掛かってくるストレスを味わっていたのです。

痛い・苦しいを全身に浴びながら、全神経を一点に集中する瞬間に何にも勝る興奮を感じていたに違いないのです。

でもそこには、『たかが野球』という開き直りがあって、シーズン通算で4割打てたバッターなどいないんだ、とうプロならではの冷静な感覚があったはずなのです。

 

まとめ

 

『ピンチをチャンスに変える』を実現するには、絶体絶命のピンチと向き合う自分の姿を半ば自虐的に上から見下ろすもう一人の自分がいるのが条件となる。

「苦しい、でも楽しい」という自虐的でマゾヒスティックな嗜好に、たまらなく胸トキメクという感性がストレスを味方にします。

もっと俺を追い詰めてみろよ、とストレスをおちょくる余裕です。

追い詰められればられるほど、それらを視界から振り払って一点に集中することができるのです。

だが、安心してほしい。

現代社会におけるピンチなど命に関わりはしないし、それを知っているからこそストレスを味方にできるのです。

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