南の島に別荘でも買ってのんびり暮らせたらなあって現実逃避なのか

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南の島に別荘でも買いたいなあ。

南の島だとすると、海外か日本かっていう楽しい悩みが出てきますね。

別荘だから年に何度か行き来するでしょ。

だったら日本の方が楽かと思う。

友達を呼ぶにも、気を使わなくていいしね。

飼っている犬を連れていくのも簡単ですね。

最初にゲロっておきますけどこれは100パーセント妄想です。

実際には別荘を買うような貯金もないし、老後の為の貯金を溜めるので精一杯。

別荘なんて夢のまた夢なんです。

とは言え、妄想はタダだし誰にも迷惑かけてはいないのです。 

マーフィーが言っているでしょ。

○○○になりたいと願うんじゃなくて、○○○になったイメージを潜在意識に植え付けろって。

 

 

屋久島か宮古島か

 

沖縄の離島って時間の進み方がゆっくりで、そこが醍醐味なんですね。

別荘だから基本仕事はしないんです。

東京から持ってきた本を読んだり、DVDをみたり、スーパーに買い物に行ったり、料理をしたり、散歩をしたり、ドライブしたりで一日が過ぎていくんです。

マリーンスポーツもあまりハードなものは避けて、カヌーを漕ぐとか、スキンダイビング程度。

で、別荘の窓からぽかーんと口をあけて夕陽を眺めてて、暗くなってきたら家飲みか、近くのちっこい飲み屋に行って酒を飲むの。

別荘ではのんびりライフで友達が遊びに来た時にはシーフードやアグー豚のバーベキューで盛り上がる。

 

沖縄って毎年夏場に台風の通り道ですね。

秒速40メートとか、50メートルの暴風雨に叩かれるから、軽井沢とかに乱立しているログハウスチックな別荘だと怖いですね。

ここは、イメージとして鉄筋コンクリート造りの頑丈なリゾートマンションということにしましょう。

15階建てくらいのがっしりしたリゾートマンションの10階あたりがいいですね。

何があっても絶対安全。

  

都会とのコントラストを楽しむために青山通りあたりのマンションすまい

離島の、のんびり生活と対照的に、東京でのシティーライフはスパイスの利いた洗練さが欲しいですね。

今住んでいる下町とは趣を異にする国246号線沿いの青山、表参道あたりのマンションがいい。

これも絶対買えないけど、妄想はタダですから。

 

先日、たまたま環七から246に入って、玉川を越えて67キロ走ったところにあるSOLSO FARMという植物販売店にいったんです。

犬同伴で入れる店で、簡単な食事もできるちょっとした公園みたいな店。

246と言って神奈川寄りで、目的地は川崎だから、いわゆるおしゃれ街道ではないけれど、それでもなんとなくいい雰囲気ではあったんです。

少しだけトレンディ―ドラマっぽい雰囲気。

浅草とか上野とか、あの界隈と国道246号ってやっぱり違うでしょ。

ただ雰囲気に飲まれているだけかもしれないけれど、

 

なんか良くないですか、自宅は246沿いの高層マンションで、人混みに疲れると離島のリゾートマンションでリフレッシュするという生活。

 

ただの現実逃避なのでしょう

目を閉じて、こんな空想をしているとだんだん楽しくなってきます。

現実と環境が一切オーバーラップしていないから、気掛かりな事や、嫌いな人の顔が一出てこないんです。

こんなふうな生活がしてみたい、自分の好き勝手なイメージを広げると楽しい事ばかりです。

今いる生活環境もガラッと変えて、なおかつ疲れた時に身を休める別荘なんかも妄想し放題です。

これって究極の現実逃避ですね。

現状に絡む事を全て切り捨てて、職業も一新してしまうんです。

南の島に別荘を買いたいなあ、と考えたときから心のどこかで現実逃避願望があったのでしょうね。

たぶん、旅に出たいとか、知らない町を訪れてみたいとか、いうのも一種の現実逃避ですね。

 

現実逃避と現状維持の関係

 

現実逃避は今の状況に嫌気がさしているのか、それとも単にもっと高望みをしたいという気持ちの現れなのか。

「別の自分になりたい、アニメの世界の○○○ちゃんになりたい」とコスプレにハマる人がいます。

旅行にでて思いっきり羽を伸ばしたいと考えてるのは、意外にも恵まれた環境にいるわけなのです。

人は本質的に現状維持なんです。

とても憶病で用心深い考え方をします。

だから、いま普通に生活できているのなら、少々の不都合があってもこのままでいたいと考えるものなのです。

ところが、住居を変えたい、別の環境で生きてみたい、行った事の無い土地に足を延ばしてみたい、等々は本来DNAで受け継がれている現状維持を放棄しているわけですね。

南の島に別荘を買いたいとか、国道245号沿いの高層マンションに住居を構えたいと考えるのが現実逃避の一種だったとしても、それは悲観的な気持ちがあふれ出た結果ではないのです。

いまより少しでも心弾む環境に移り住みたいというポップな感覚なのです。

直面した現実が悲惨であればあるほど、暮らしがこれ以上するよりは、かろうじて生きられる現状にしがみつこうとするわけなのです。

南の島も、246沿いも恵まれた環境で生きている事の表れなのです。

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