キラキラキャピキャピがいいか、地味で目立たぬ方が手堅いのか|金 or いぶし銀

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タイトルから京都の金閣寺銀閣寺を連想したのです。

素人のオレからすること、やっぱり前者の金閣寺が好きですね。

 

でも、この表現には誤りがあります。

金閣寺こそ、熟練した職人が英知を集結させた最高美であり、素人だから好むというわけではないのです。

それに引き換え、銀閣寺は地味で渋い味わいをあざとく利用して、にわか玄人からの評判を得ようとしたのかも、という邪推も、これまた誤りなのかもしれませんね。

 

ここでは人の心を掴むためのキラキラといぶし銀のいずれが効果的であるかにつて、人の深層心理を鑑みながら解説させて頂きます。

 

キラキラはキャピキャピへと続く期待感

 

もう少し金閣寺と銀閣寺にお付き合い下さいね。

両寺院の内部の造りにイマジネーションを巡らしたとき、どちらに高い期待感を寄せますか?

ほとんどの人が金閣寺を支持するはずなんです。

内装の造りも外観の延長線上にあって、光輝く丁度品がギッシリ並んでいる像を金閣寺の外観に重ねわせるわけです。

物に対しては期待値が付きまとうというわけです。

外見が派手なら、中身もきっとキラキラに違いないという期待感です。

確実な根拠はないにしても、特別な意図がない限り表がきらびやかなら中も同じ基調にするという理屈です。

 

ただやりたい、相対的に自分を持ち上げたい

 

話を生身の人間に置き換えますね。

派手できらびやかな美女と、地味でぬかみそ臭い(差別用語??)平凡な女とでは、どっちがいいですか?

 

この質問って、ちょっと卑怯ですね。

改めます。

派手できらびやかな女性と、地味で落ち着いた普通の女性とだったらどちらがいいですか?

 

やっぱり前者に軍配が上がります。

女性目線で選ぶと、多分答えは逆となるのでしょう。

偉い学者先生らに言わせれば

 

多分、偉い学者先生に言わせれば、男は子孫に美形を残すために無意識に美女を選び、女は家事をキッチリ出来そうな地味な女性を選ぶ、とかなんとか講釈をたれそうです。

 

でも、そんなアカデミックじみた説明は全く見当ハズレなのです。

男は単に美女とやりたいだけ。

女は自分よりブスを選び、相対的に自分を持ち上げたいだねなのです。

 

バクチ打ちの思考回路

 

「運は乗り物」とはバクチ打ちの発想です。

「丁か半か!はいはい、はったはった。どちらさんも、ようござんすね。」

で、勝ち続けているうちはバクチ打ちは勝負を止めないんです。

一歩躓いたら、ツキが逃げたと見て退散するのです。

これがギャンブラーなんです。

かれらは流れを重んじるの。

運は乗り物だから、行けるところまで乗って行って、こけたらそこでやめるという発想です。

だとすれば、バクチ打ちからすると、人間には裏も表もなくて見たままなのです。

美人はどこまで行っても美人で、家事がどうのこうのは関係ないんです。

 

プラマイゼロの価値

 

「外見がきらびやかだったら、内面はしっとりと落ち着いている」とか「外見が地味な場合は、中は明るく高揚感に満ちている」というのがプラマイゼロの考え方なんです。

外と内にギャップや凹凸があるから、人間としてバランスをとれている。

もっと言えば、外の顔と内の顔をプラスとマイナスにすることでバランスをとっているとも言います。

人間があえて自分自身のバランスを整えるために、外で派手な言動を繰り返す場合には、家ではじっとおとなしく、寡黙にやるべき事を淡々とこなす。

これが、メンタルのバランスをとるうえで必要だと人間は考えるわけです。

家の中にいるときの姿を外の延長としないのです。

 

メンタルを健全に保つ意味で有効なんです。

一年365日、キラキラキャピキャピでいると躁的になってくるでしょ。

健全な明るさには、それとは反対の陰の部分が必要なのです。

 

羊の皮をかぶった狼娘

 

キラキラキャピキャピの女性との交際が軌道に乗って結婚の話へと発展するに従い男は気掛かりになるのです。

このキラキャピ女性の真の内面はいかなるものなのか、という気掛かりです。

見た目はきらびやかで美しいけれど、家にいるときはいったいどんな雰囲気なのだろうか、と。

世帯を持ったときに、妻として母としてしっかりと家事をこなしてくれるのだろうか、という不安です。

 

それまで暗い側面など一度たりとも見せたことのない根アカの女性です。

だからじっと押し黙って俯くような姿は想像もつかないのです。

でも普通の感覚なら物静かな充電時間が無いわけがないし、落ち着いた状態で家事をこなす事だってあるはずなのです。

 

キラキラがどこまでも続くというバクチ打ちの思想とは違うわけです。

見かけや言動が派手な女は、そういう生き物なのだと安直には考えないのです。

プラスマイナスしてゼロになるように生きているのです。

 

心のバランスをとる

 

とはいえ、バクチ打ちとて幸運などそうそう長くは続くまい、と覚悟はしています。

勝利の勢いに陰りがみえるまでは躊躇なく賭け続けるのです。

で、少しでも勝負が負けに転じたと感じた瞬間に、即剤にストップするのが勝負師です。

負けの流れに巻き込まれる前にさっさと場を後にするのです。

勝負事で勝ちと負けが互い違いに訪れるなど考えもしないのです。

負けるときは一気に負けるのが勝負の世界だと信じています。

その勝負勘は勝利の延長上にさらに勝利が続き、あるタイミングで流れが変わる。

その変化だけは用心深く見ているのです。

プラスマイナスした結果がゼロではバクチ打ちは生きて行かれないのです。

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