山口達也が事故った|オンライン飲み会で治療したはずアルコール依存症がぶりかえした

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もう酒は一生飲まない、と決心していたはずなのです。

専門施設で心を入れ変え、真摯に断酒に取り組んでいたのです。

真夏の暑い日、タオルで額の汗をふきながら、自宅付近を歩く姿が見掛けられていたという記事を読んだのを覚えています。

本人頑張っていたのです。

でもコロナが彼の生活リズムを崩していった

夜の酒場への出入りが自粛要請され、オンライン飲み会が流行だした。

今までと違う酒の楽しみ方。

それが山口達也にとっては地獄への入口だったのだ。

 

オンライン飲み会じゃ何飲んでもわからない

 

「俺、烏龍茶しか飲まないから参加させてくれない?」

こんなふうにかつての仲間から懇願されたら、ダメとは言いづらいですね。

烏龍茶だけだからね、と何度も何度も念押して参加を認めたのかもしれない。

もともと山口は酒には滅法強いから一杯や二杯飲んだって、はたから見てたら酒なのか、ただ烏龍茶なのかわからないのです。

パソコンを通して匂いは伝わってきませんから。

アルコール依存症の人はたいてい飲むピッチが早いのです。

脳がもっと、もっととアルコールを求めるならですね。

そして杯を重ねる毎に酒が濃くなっていくのです。

酔うのが目的の酒で、正体を失うまで止まらないからです。

焼酎一本あけてしまったら、酒が抜けるまでは一晩しっかりね眠ってもまだなりなんです

だから酒が残ったままバイクを走らせてしまったのでしょう。

 

2回か3回恥をかいて初めてアルコール依存症の怖さが染み込んでくる

 

人をはねたりしなかったのが、せめてもの救いかもしれません。

アルコール依存症の治療は、行きつ戻りつ、所詮こんなものなのかもしれません。

 

山口達也にもアルコール依存症のメカニズムの怖さが浸透していなかったとみるべきだったのでしょう。

アルコールに反応して、脳内で幸福感を抱かせる物質が多量に分泌してしまうメカニズムが。

で、どれだけの期間断酒を続けても、一滴の酒が幸せホルモンを分泌させ、本人の意思など楽々通り越して酒を喉に流し込むというメカニズムは修正できない。

 

山口達也が自制するために想定していたのは家飲みだったのでしょう。

一人、コンビニで焼酎を飼い、テレビを観ながら飲み続ける。

このを絶対にやめるのだと自分に誓ったに違いないのです。

でも、想定が狂ってきました。

コロナ禍の中で生まれたオンライン飲み会という新たなの意味方が出てきてしまった。

楽しそうで仕方ないですよね。

別に外に出るわけでもないし、家にいて友達とワイワイやりながら自分だけはソフトドリングでみんなに付き合う。

参加してみたい、という欲望が膨れたにちがいありません。

山口が居酒屋で酒を楽しむなどあり得ない。100パーセント彼の依存症はみんなの脳裏に焼き付いたままだ。

それなら家飲みするのか?

いや、そこは専門医から嫌というほど叩き込まれていふはず。

一滴でも飲んだら身の破滅だよ、と。

家中の酒という酒を全て捨てなさい、と。

か、ここ魔の入口があった。

みんなで騒ぎたいんだ。むかしみたいに。俺はツマミと烏龍茶ではじけるからさ。」

アルコール依存症の芸能人なんてたくさんいるのに

 

アルコール依存症の芸能人とWEB検索するとゾロゾロでてきますね。

無責任な記事とは思うものの、全く飲めない人が記載されるわけはないのです。

それでも、赤塚不二夫さんとか横山やすしさんあたりは間違いなくアルコール依存症ですね。

それ以外でも、相当の酒豪を自分から公言している人は飲兵衛なのでしょう。

でも、赤塚さんも横山さんも、酒豪公言の芸能人も飲み過ぎるだけで、社会的な問題は起さないんです。

酔い潰れて眠るのは、はた迷惑だけど、制裁をうけるような過ちを起こさないんです。

アイドルというキラキラしていてクリーンなイメージにと、汚物みたいに汚らしいアルコール依存症が化学反応を引き起こしてしまったように思えるのです。

前回は女性を無理やり連れ込んだ。

今回は停車している車両にバイクでぶつかった。

アイツはいったい何をやっているんだ、更生したんじゃないのか!

と罵声を浴びせられるのは仕方のない事で、TOKIOのメンバーも山口を突き放さざるを得ない状です。

 

ドキュメンタリー映画でも撮るか

 

ブザマな姿をもっと強烈にみんなにさらさない限り、アルコール依存症患者が酒から離れる事は出来ないのです。

酒に酔って、呂律が回らなくなり、足元がふらつき一人で立っていられないだらしない姿を見てもらうしかないんです。

山口達也本人のアパートで好きなだけ酒を飲ませて、泥酔しながら女を求める恥さらしな姿を公開する。

「あれが、かつてアイドルだった山口達也の姿なのか」とのため息をつきながら目を覆うような光景を、山口本人に見せなければ心の傷にまでならないのです。

かつてのファンたちからダイレクトに罵倒されないかぎり身に沁みないのです。

そんな己の醜さと対峙するしかないのです。

みずからの失態をドキュメンタリーでカメラに収め、それをかつてのファンの方々と一緒にまじまじと見るしか酒を遠ざける道はないのです。

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