全身麻酔みたいな死後の世界|こんなに辛いなら死んだ方がマシだ

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女優の芦名星さんが亡くなりました。

三浦春馬さんとの思いがかぶります。

まだお二人とも全然若いのに。

 

なにがあったのか、我々ただの視聴者に真相は伝わってくるか定かではありません。

週刊誌が興味本位に書き立てる記事止まりかもしれません。

 

推測するなら、「もうこの世の何もかもが嫌になった。消えてしまいたい」という思いなのだろうと考えるわけです。

縊死って突発的に選択するものじゃなくて、じっくり考えた末の死にかたですから。

まるで、全身麻酔にでもかかるように心身の全ての感覚を手放してしまうような思いだったのではないかと、、、。

ここでは人はどんなメンタルで自殺に呼び込まれてしまうのかについて解説させて頂きます。

 

 

この世に未練はあるけど

 

この世に未練を残しながら命を断つ人だっているのです。

家族の為に保険金を残したいという犠牲的な死の選択もあります。

 

この命を絶った原因がアンタの執拗な嫌がらせだったと知った時、どれだけ悲痛な後悔をするか思い知らせてやる、という復讐的な死の選択だってあるのです。

 

命の重さと天秤にかけて

 

ただ、本当に死を選択するとしたら命の重さと天秤にかけるはずなんです。

一度だけの人生という大切な命を、こんな理由で手放していいのかという思いです。

命の重さを考えたとき、たいていの人たちは自殺を思い止まるといいます。

産んで、育ててくれた両親の顔が目の前にちらついて我にかえる。

いや、まだやり残した事がある。

死ぬ前にもう一度だけ会いたい人がいる。

何かに引っかかりがあれば、考え直す時間的猶予が生まれるものです。

でも、これらを全て考慮したうえで死を選択したのだったとしたら、ひっくり返すのは至難の業なんです。

全身麻酔みたいなものだと腹が座る

 

一度決めると「死なんて全身麻酔に落ちるだけの事」と腹が座ってしまうのです。

多くの煩わしさから逃がれた安堵感がフライングで顔を出してきて、手招きするのです。

精神的な困難を乗り越えて自殺を決断してしまうと、そこにはすでに加速度がついてしまっているのです。

ちょっとやそっとじゃ止められないんです。

「早くおいでよ、こっちの水は甘いぞ」って。

 

だから、借金返済の為の保険金目当ての自殺を図ると腹を括ってしまうと、返済金の半分をチャラにしてくれると申し出られても、残りの半分の借金返済の算段へと気分を切り替えるなど無理なのです。

相手が債権の半額を放棄した書面を差し出してきて、その代わりに残金を定期的に返済していく計画書を作成しろと言われても、気持ちがついていかないのです。

死ぬことを受け入れた段階で、恐怖よりも安楽が優位にたってしまっているのです

だから、気持ちを共感する話しをして、落ち着きを取り戻させたつもりでいても、数日の内にあっさり死んでしまう事などいくらでもあるのです。

あのとき、「もう大丈夫だよね、と約束したのに」と不思議に思っても、駄目押しが足りなかったと後悔しても、すでに故人の意志は決まっていたとしか言えないのです。

 

こっちの世界にどうすれば戻せる

 

既に腹を決めた人に説得を試みるのはかなり困難です。

ある意味、マインドコントロールにガッチリとハマり込んだ状態ですから。

これを解いて、元の状態にするのは本人にとってどういう意味かを考えておかなければなりません。

バラ色の未来が待っている、という事でないのだけは確かなんです。

でも悪い事ばかりではないと。

 

マインドコントロールの特徴は視点の固定にあります。

「これしかない」という強い特化です。

ここで言う特化とは、とても返済しきれない借金苦と、誰からも助けてもらえない閉塞的な状態、日増しに荒っぽさをます取り立ての電話、借金をチャラにするために同意しなければならない不平等な条件、、、。

これらを一発でクリアーするには自分に掛けた生命保険しかない、という視野の固定です。

自分が自分にかけた洗脳のようなもの。

 

我が身に賭けた保険金以外にこの難局を乗り切る手段をもう一度説明しなければならないんです。

首をくくるという単純な作業ではなく、問題を一つ一つ粘り強く解決していく方法だと、視野を広く構えなければならないともう一度覚悟することなのです。

 

でも、そのウンザリするようなささ作業は時間がかかるものの、一歩一歩確実に解決することができる。

大型なイリュージョンマジックのように瞬時に目の前の景色が変わるものではない。

地味で、手間がかかり、人生の大半を費やしてしまうかもしれない。

ただし、一年365日、地獄というわけではないのです。

課された作業を注意深く丹念にこなしながら、ほんの少しかもしれないけれども、楽しみを味わうことができるのです。

贅沢はもちろんできないけれど、数か月に一度くらい身の丈にあった幸福感を得る事ができるはずなのです。

 捨て身になって一発逆転的な解決方法などないのです。

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