なるほど、と全てを受け入れてみる|自分の素直さが心地よい

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人の話しでも、テレビの解説でも、「なるほど!」と言われるままに受け入れていくと心が素直になっていくんですよ。

もちろん本気で信じ込む必要はないのですが、、。

たとえば、ニュースとかのノンフィクションは別にして、ワイドショーでゲスト出演している芸能人のコメントを聞いていても100パーセントは信じないでしよ。

新型コロナウイルスの感染拡大について、いっときカンニング竹山さんがワイドショー番組で熱く語っていましたけど、“わかりもしないくせに、適当な事を言ってんじゃねーよ”とかって思っていた人がたくさんいるはず。

普通、芸能人のコメントなんてせいぜい8割くらいしか納得がいかなくて、2割くらいは疑っていませんか?

口には出さないけど、“アンタの意見なんて、大した根拠ないでしょ”と腹の底では感じているものです。

人間ってそういうものです。

 

でも、いったん信じてみるのもたまにはいいものなんですよ。

ここでは、心の整体として一旦言われるまま人の話しを信じてみる事をお勧めしています。

 

「なるほど」と、とりあえず信じてみる

 

自分の本心を騙す事はできませんから、「うむっ?」って思いながらもその場ではお人好しのように信じてみて下さい。

 

なるほど

そういう考えもあるなあ

気がつかなかった

勉強になるなあ

盲点だった

 

こんなふうに自分に言い聞かせて抵抗せずに信じてみて下さい。

すると、自分の素直さが心地よいのです。

敢えて疑いを捨てて、人の言い分を咀嚼しながら飲み込んでいくと、まるで自分が幼かった頃に戻ったような錯覚を覚えるのです。

 

「あっ、この人と共感した」という気持ちを喚起させるからです。

自分の中にある、意地の悪い部分や、ずるいところ、悪意のかけら等々が浄化できたように感じられるのです。

気持ちが素直になれたようで、大袈裟な言い方をすると生まれ変わったみたいな気持ちも少しでてくる。

実際に信じるかどうかは別問題

 

とはいえ、実際に信じるかどうかは別問題ですよ。

些細な意見の食い違いとか、イメージするニュアンスの違いなんかは日常的にみんな感じています。

だから「ちょ、ちょっとまって」っていいながらお互いの考え方をすり合わせするでしょ。

でも、そこに悪意はないから問題には発展しません。

でも、新興宗教みたいに人を騙して信者にするような集団も存在しています。

そういうのはしっかり見極めて、キッパリとシャットアウトしないとダメ。

 

ここで言いたいのは、「少々自分と価値観が異なるなあ」と思いつつも、それを受け入れるように、「そういう考えも今はありとしておこう」というつもりで居てみるという事なんです。

自分の腹の中と相手の言い分の違いがわかっていながら、それでもあえて異論を唱えずに聞き入れてしまう。

すると、気持ちが素直になってくる、という意味なんです。

ここをはき違えると、問題が生じてしまいますからね。

 

意見の衝突が内面に与える影響

 

意見が衝突したときこそ、話し合いが必要ですね。

なぜ相手が自分と異なる考えに至ったのか、自分の考に固執せずに公平な目で見極めるべきなんです。

でも、前述したような効果を得ようと思ったら、大きな意見の食い違いはともかくとして、細かい事は無視して受け入れちゃうんです。

受け入れちゃう日を作ってしまうんです。

今日は素直になっちゃおおっと!って。

最初のうち、うまく異論に対して首を縦に振れないことがあります。

だって今までは、誤解のないように話し合って前に進んできたのですから。

でもここでご説明している、素直な自分の心地よさを味わうのなら、慣れるまではレビを利用してください。

当然のことですが、相手にはこちらの反応は見えていません。

だから「なるほど、そういう考えもあるなあ、気がつかなかった、勉強になるなあ、点だった」等々を上手く組み合わせて、同意してみてください。

すると、心が素直になるって事がどんな感じなのかが分かりますよ。

 

またいつもの自分に戻る

 

でも大切なのは、いつもの自分にちゃんと戻るということです。

考えの違いや、言っているニュアンスの違いは話しあって理解しあう自分に。

でも、人間だからたまには素直で人を受け入れる優しい自分になりたい、って思う事あるでしょ。

そういうタイミングも日々生きる中で必要なんです。

だから、少々の事は目をつむって聞き入れちゃう日を作ってみてもいいんです。

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