幸せを手繰り寄せる生き方|目標達成で喜び、恵まれた環境に感謝する

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自分は幸せに暮らしている、と思いたいものです。

不幸だなんて、惨めじゃないですか。

幸せの理由をあえて口に出そうとすると、こんなふうになるのでしょう。

不自由ない生活

お金持ち

高学歴で一流企業勤めの亭主

健康で賢い子供に囲まれて

多彩な趣味

 

これらを拠り所に、幸せにしがみつくんです。

もちろん本当に幸せな人だってたくさんいます。

幸福の虚像を必死に構築しようとするケースも少なくないとも言います。

ここでは、本当の幸せを手繰り寄せる生き方についてご説明をいたします。

 

ふっと、ひと息ついたとき

 

「幸せって、ふっと、ひと息ついたときほのぼのと感じるもの」と誰かが言っていました。

どんな意味?

ガツガツと追い求めるものではない、ということらしいのです。

確かにお金をたくさん溜めこんでも、高学歴の人と結婚したとしても幸せだとは限らないですね。

だとすると、幸せって実生活の結果論なのか?って事になってくる。

なんだか味気ないなあって思っちゃうんです。

安直に結果論のひとことで片付けてしまうのが正解だとすると、努力など必要ないことになってしまうじゃないですか。

 

とは言え、ただ実直に生きていれば、結果的に幸せが漏れなくついてくるわけじゃないですよね。

やっぱり賢明な努力なしに得た幸せは薄っぺらな感じがするんです。

頑張りに比例して幸福度も上下するのなら、万人に平等感がでてきて納得したくもなりますね。

 

みずから手繰り寄せる幸せ

 

勝負の世界での幸せとは、辛い練習に耐えた後の勝利です。

「練習はウソをつかない!」とひしひし感じながら幸せを満喫する。

頑張りが認められた瞬間の幸せというもので、みずから勝ち取った幸せです。

 

血の滲むほどの努力を目の当たりにしていた家族や友人も、圧倒的な幸福感につつまれます。

やればできると言う強い手応えと、努力への報いがもたらす幸せです。

これは冒頭のほのぼのと感じる幸せとは異質ですね。

明確な目的・目標を自分のものにした達成感、という幸せなんです。

 

もっと頑張れたはず

 

逆に敗北した方からすれば、悔しさがこみ上げてくる。

自分には努力が足りなかった。

もっと頑張れたはずだったのに、と。

 

映画『ロッキー』では、主人公のロッキー・バルボアは勝てるはずなどこれっぽっちもない試合に挑みました。

試合の目標は、無敵のチャンピオン・アポロと最終ラウンドまで戦って、なおリングに立っている事。

すなわちノックアウトされずに判定まで持ち込むことだった。

だから、ロッキーは何度倒されても起きあがったわけです。

自分の目標を達成するために、リングに沈められるのを必死に避けた。

勝のが目標ではなかったんです。

目標達成による幸福感は長くは続かない

 

勝負の世界での幸せは長くは続きませんね。

勝利に酔いしれるのはほんの数日間で、また次の勝負へと気持ちを切り替えないとならない。

 

でも、ロッキーがあのアポロ・クリードに始めて挑戦し、最終ラウンドまで戦い抜いた後引退していれば、その幸福感は一生ものだったなわけです。

孫の代まで語り告げる武勇伝となったわけです。

 

何を目標に設定するかによる

 

達成感を幸せと置き換える事は可能です。

勝負の世界でも、会社経営でも、サラリーマンでも手応えのある目標を設定してしまえば、それに向かって突っ走り、達成できるかどうかにかければいい。

とても分かりやすいんです。

1千万円ためるでもいいし、三高の人と結婚するでもいいし、10個の趣味を持つでもいいんですよ。

「目標達成!」という幸せを勝ち取ることができるのですから。

 

ここで自分を納得させて暫く余韻に浸り、また当たらな目標にむかつて努力する、という単純でありながらわかりやすい幸福論がおススメなんです。

幸せとは自分から勝ち取るものではないと、難しく考えると何をどうしていいかわからなくなるのです。

ある瞬間に、ふっと感じる幸せを敢えて言葉にするとしたら、『こんな目標達成に精を出せる環境にいられる幸せ』という事に感謝するのがベストなんです。

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