自分がわからない|どんな性格なのか、なにに興味があるのか、どんな道に進みたいのか

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普段は別段考えもしないけれど、ふっと「自分がわからない」と感じる時がありますね。

えっ、それどんな時?

就職、学校選び、お見合い、、、人生の節目で重要な決断をしなければならない時です。

こんな時、自分ってどういうタイプの人間なのかと真剣に考えるものです。

自分の性格、性質に合致した決断が、この先の人生を大きく左右されるように思うからなんです。

ここでは、自分がわからないという人に自分を知るための方法を伝授してゆきます。

長所と短所は裏表だけどどっちを重視するかで自分が分かってくる

 

履歴書を書いたり面接を受けたりする時「あなたの長所と短所を述べて下さい」という問いが頻繁に課されますね。

あらたまって考えると、自分の事があまりわかってないなあ、っていう反省がでてくる。

で、少し考えていると、かつて誰かが言っていた言葉が蘇ってくるんです。

「長所と短所は背中合わせで、見方によっては長所にも短所にもなり得る」という誰かの名言です。

『優柔不断で決断するまでに他の人と比べて時間がかかる』と短所を述べたとしても、慌てずじっくりと慎重に物事を決めると長所にも成りえる。

だから、とりあえず自分を他者と比較して、強めだと感じることを挙げれば、そのメリットを長所、デメリットを短所だと説明することが可能になってくるんです。

 

この手法は、人生相談で多用される「どっちにでもとれる解説」っていうものなんです。

「アナタ自身は欠点と思っているようですが、それをあなたの長所だと感じている人が沢山いるんです。アナタのその性格に救われたと感謝している人があちこちにいるんですよ」と。

でも、アナタ自身の自分探しでは「長所と短所は裏表」で片付けてはいけないんです。

どちらに重きを置いて日々生きているかがアナタを知るうえでとても大事なんです。

 

ごまかしていると一生そのまま

 

人生相談だったら「短所と背中の合わせ」という言葉の綾に光をあてて、「そんなに落ち込みなさんな、短所を裏返せば長所になるのだから」と慰めてくれます。

でも、これつて自分を見つめなおす上ではごまかしになってしまうんです。

優柔不断な自分に嫌気がさしているのなら、そこを突き詰めて直していかないと、いつまでたっても改善なしなんです。

新聞や雑誌の人生相談コーナーに悩みを打ち明ける人って、自分自身で悩み抜いて、それでもいい答えが見つからない人なはず。メンタルをすり減らしてクタクタになっている人。

文字制限のある小さなコラムページで「ズバリ正解は!」みたい事は無理なんです。だから長所と短所が対になった存在であることを上手く使って答えを導いているだけで、本当の改善になどなったいないんです。

言い方は悪いけど、気持ちをごまかして安堵感を得ているようなものなんです。

自分に嘘をついていると自分がわからなくなる

 

この気持ちのごまかしって自分に嘘をついていることと一緒なんです。

以前、記事にさせて頂きましたが、自分に嘘をついていると、本当の自分が分からなくなってくるんです。

さっきの例ですが、『優柔不断』で悩んでいる人に、それは短所ではなく長所ですよ。なぜなら、間違いを冒さないように十二分に検討をすることは悪い事ではないのですから、とさとされたとします。

すると一瞬、脳は喜ぶんです。

いままで『優柔不断』は良くない事だと思っていたのに、むしろ正しかったのかって思う。

でもすぐに同じ壁にぶち当たるのはわかりきっているじゃないですか。

優柔不断で、いつまでも決断できない自分がいて、これで本当にいいのか、正しいのかって再び疑問を抱くんです。

もちろん、良い訳はないですね。

 

決断に関していうなら、「多くの状況や選択肢を想定して、その中で最も成功の可能性の高い物を慌てず充分な時間を要して選定する」なら正解なんです。

もしかしたら、結果は同じになるかもしれないけど。

でも、優柔不断を正解だと考えて生きていって言い訳がないでしょ。ますます自分が分からなくなっていくんです。

 

自分の興味がわからない

 

自分が何に興味を持っているかが分からない人もいますね。

例えば、大学受験で何学部に進みたいのかがピンとこないとか、就活でどんな仕事につきたいのか自分でも分からないとか。

すると、自分っていったい今まで何にこだわって生きてきたの?って気持ちになってきます。

ただ無意味に時間だけが過ぎていったように感じられるんです。

 

或るミュージシャンの場合、20歳のある日○〇の音楽を聴いて、その瞬間に身体全体にビリビリっと電気が走り、オレは一生かけて音楽の道を進んでいく、なんていうふうにドラマチックな出会いがあったりする。
でも、こんなドラマチック出会いは稀ですよね。

でも多くは、視野が広いほど選択者が増えるという当たり前の前提条件にたっています。

なにも考えずに生きてきたわけじゃなくて、自ら視野を広げて多くを見ようとする意志が欠けていたんです。

気の合う仲間たちと遊びながらでも、一方で視野を広げる努力をしていると、突然強い興味を引くものと遭遇したりするものです。

 

自分の脳が何に興味を抱くかなんて、餌をぶら下げて見ないことにはわからないの。

音楽一家とか、医者や教育者の家系ってあるけれど、本当に興味をそそられるものは実際に遭遇しないとピンとこないものなんです。

選択肢を増やしたければ、できるだけ多くを見聞きするしかないんです。逆に言えば、視野を広げるごとに自分の輪郭が少しずつクッキリとしてくるんです。

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