許せないという心の狭い自分とみんな闘っているんだ

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中野信子著『人は、なぜ他人を許せないのか』が絶賛発売中ですね。

WEB検索でちょこっと中身を覗いてみると、炎上、不謹慎狩り、不倫叩き、ハラスメントはすべて他人を許せないと言う感情が引き起こしているとの事。

人の脳は裏切り者や社会のルールから外れた人に正義の制裁を加えることに快感を覚えるのであると解説されていました。

なるほど、そういう主旨の著書なんだ、と上っ面のだけを理解したの。

と同時に、中野信子さんのロジックを貫くなら、日本人は(100%日本人だけとは限らないけれども)と、前書きすると更に頷けるようにも思えるです。

 

ここでは他人を許せない怒り、復讐心、妥協、泣き寝入りとうとうについて敷衍してゆきたいと考えます。

 

許せない心の狭さって法律が原因

 

“いいとこ取りは許さないぞ”とか“みんな我慢して順番をまっているんだ。こうして1時間も2時間も列をつくっているんだ”と、こんなふうに思う事なんて日本人ならちっとも珍しくないですね。

きちっと税金を払って、誰にも後ろ指さされずに生きるのが当たり前なのが日本社会ですから、ズルをする奴は許したくないんです。

 

でも、被害者意識が関係している可能性がある。

日本社会のモラルや常識を守ろうとする努力が潜在的に被害者意識を感じさせている可能性があるのです。

治安が良くて、世界一礼儀正しく、嘘をつかない日本人をみんなの努力で築き上げたという自負があって、それを崩すことなく守り続けることの窮屈さや不自由さを潜在的に感じてきている。

みんな真面目、みんな勤勉、みんな正直。

この大多数から外れちゃいかんな、って日本人は思うでしょ。

ちょっと無理しているんです。

それが根底にあるから、些細な他人のズルさが許せない。

反社会性の脱税や、不倫なんかに対して妙に憤りを感じるの。

 

脱税行為で逮捕された人をみても、その規模と同じ脱税を自分が成功させていたら案外、逮捕された人に同情心が生まれたりするんじゃないかと。

不倫だって、自分がしていたら他人の不倫にたいして寛容になるでしょ。

 

つまり、中野信子氏が提唱する“悪事をはたらいた者に正義の制裁を加える事に脳が快楽を感じる”のとは異なり、日本人の脳は慢性的に被害者意識“やらされ感”を抱いていて、それから逃れようとするズルする者に対して許し難い悪意を抱く。

ただ、自分も悪事の仲間となった瞬間、マイナス気分がプラスに転じるの。

言い方は悪いけど、納め過ぎた年貢を取り戻したような感覚で、悪を許せちゃう。

脳に正義を貫こうとする内因性な意志なんて存在していないんです。

 

許すべきか、復讐すべきか

 

交通ルール・刑法・商法を守るのが当たり前だと大半の日本人は思っているでしょ。

これってもともと脳に備わった善悪判断によるものじゃない。

教育によって会得した道徳的な価値観なんです。

でも、なかにか法の網の目を掻い潜ろうとする人がいるでしょ。

すると、なんでみんなが頑張っているのにお前だけがズルをするんだって気持ちになる。

 

万が一、自分自身や自分の家族が悪い奴から危害を加えられたとき、脳はどう感じるのか?

不幸にも自分の家族が被害者となったとすれば、もはや正義の制裁なんてレベルじゃおさまらない。

正義の制裁なんかじゃなくて、復讐へと変貌する。

一瞬にして相手の命を奪うんじゃなくて、たっぷりと思い知らせたうえで始末してやる、って気持ちになるじゃないですか。

司法に後始末をまかせるわけにはいかない、と頭に血が上りボルテージは時間とともにガンガン上がっていくでしょ。

自分の身がどうなろうと復讐しなければ気が済まない、と殺気立って来る。

交通ルール、刑法、商法、納税をないがしろにする悪事なんかとは別レベルの怒りじゃあいですか。

 

脳が下す正義の制裁なんてもはや、どこにもないんです。

コイツを殺して落とし前をつけ、ついでに自分も自殺をするという方向に突き進んでいくんです。

 

中野信子さんが著書でいわれている;

 

なぜ他人の意見を聞かないのか?

考え方の異なる人=悪

年と共に頑固にあるのは脳の老化現象

 

これらは一向に当てはまらず、時間の経過とともに考える事があるとしたら、犯罪を犯した人間が本気で反省し、許しを乞うとしたら、その気持ちに心が動かされるかも知れないという事。

犯人の側にも聞いて見たそれなりの悲しい事情があって、そのうえでやむに止まれずの罪だったとか。

そして、犯人から何通もの手紙を受け取り、深く反省しているのを知る。

果たしてこの犯人の謝罪は本物なのだろうかと悩むのです。

土下座して地面に額をこすりつけるような文面は、このワタシの目を欺くための芝居なのか?

ワタシが握り絞めた登山ナイフから逃れて司法の判断に逃れれば、ここで死なずに済むという作戦なのか。

ここで自分の眼力が試されるのです。

脳はつねに悪人に正義の制裁を加える事に快感を感じている、とは少々底の浅い結論のように思わるわけです。

脳とはもっと複雑に情報管理していてい、咄嗟の思い付きに従ったがための後悔の念、優先順位等々を潜在意識にまで落とし込んで判断する機能を有しているんです。

人を許す事の快楽をも感じえる機能なのです。

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