怒りと攻撃性と惨めさと自己肯定のミックスジュース状態|何を拠り所に生きるか

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テレワークになって清々しているんです。

ある同僚の耳障りな電話口の言い回しを聞かずにいられるから。

“気にしなきゃいいじゃん“と別の同僚は言うけど、席が近くのオレの耳には確実に彼の電話口の声が届いちまうんだよ、ってところ。

 

みなさんもあるでしょ、一度気になると、どうにもこうにも無視できないっていう状態が。

強迫神経症にやや近い、ある種の精神疾患なのかもしれませんが、、、。

ここでは、オレにとって執拗に耳障りな“怒りと攻撃性と惨めさと自己肯定”の同僚についてご紹介します。

 

エリート進学高校を卒業して前途洋々が怒りと攻撃性と惨めさと自己肯定をもたらした

 

職場の席が近いんです。

でも話はしないの。

オレは彼が大嫌いだから(たぶん、むこうもそれに気づいている)。

 

どうやら周囲の話によるとエリート高校を卒業し、東京のそれなりの大学を卒業しているらしいんです。

歳は50歳ちょい前くらいのはず。

見た目がさえない。

160センチに満たないチビで、腹が異様に出ていて足が短い。

だいぶ前だけど、トッポジージョっぽい人って若い女性社員が言ってたのを廊下で聞いた覚えがある。

なるほど、若いわりにずいぶんと的確な古いキャラで言い当てるじゃないか、と感心したのを覚えています。

 

ひとことでいうと、異性に相手にされないタイプ。

業務上、必要な時にだけ部下の女性と会話する程度で、あとは異性と接する機会はないだろうなあって思う。

キャバクラとかに通うタイプにも見えない。

エリート進学校出身のプライドがキャバクラを遠ざけている、みたいなとこがある。

 

でも男だから絶対、エロい事好きでしょ。

もともと子孫繁栄からエロさは必要不可欠なわけだから、男女問わず絶対にある年齢まではエロ心はあるわけじゃない。

 

そこから必死に目を遠ざけているように見えて、痛々しいんです。

エリートでも、凡人でも、社会の底辺でもみんな一様に異性との交わりには興味あるじゃない。

それがかなって、お互い慣れていないから最初は恥じらいながらいちゃついて、夜になるとだんだんと大胆になるみたいな展開でしょ。

そこの最初のいちゃつきの前ですでに足切りされているから、“僕はそういう事には興味がさらさらないんだ”みないた強がりで自制している感じなんです。

 

もしも、エリート進学校になどに通わずに、地元の不良らとたむろっていたら、あんまり可愛くない女房をゲットしていたかもしれないな、と思っちゃうわけです。

悪い意味でエリートを自負しすぎて、それが足かせになっているように感じられるんです。

 

惨めさはいつから始まった

 

こういう不条理っぽい恨みがましさってどんどん膨れ上がるでしょ。

 

子供の頃はまだ自分の将来がわかってないから、普通に夢を抱いて生きているの。

中学生、高校性あたりで背丈の成長が決まるでしょ。

まずそこでチビっていうコンプレックスが出来上がる。

脚が普通よりも短めで、どうも不格好な体形だなって自分でも意識する。

バレンタインデーにチョコレートをもらう事など一度たりとなく、意識して異性から遠ざかるようになっていくんです。

 

年齢を重ねるごとに、女性との交際を諦め、結婚も諦め、当然のことながら子供も諦める。

故郷の親に見せる顔がない、、、。

 

明るい性格なら、結婚相談所に会員登録でもして、積極的に行動すれば案外簡単にゴールインできるかもしれないのに、それに待ったをかける頑固なプライドみたいのがある。

それは、自分の体形や見てくれが普通よりも劣っているという自信の無さからくるんです。

自信の無さは一朝一夕で形成されるものでもなく、少しずつ構築されるんです。

 

だから奴の中には少しずつ膨れ上がった不条理からくる怒りと攻撃性が宿っているんです。

怒りと攻撃は、あるべき論として現れる

 

彼を遠巻きにみていて一番鼻につくのが、“あるべき論”なんです。

ものごとは、こうあるべきだ、という正論ね。

 

確かにみんながたルールを平気で無視して仕事してたら会社として成り立たないのはわかる。

でも、なんでもかんでもガチガチの正論で固められたら辛いでしょ。

 

営業部に所属するややチャラめの20代後半の男がいます。

毎回コテンパンにやられては、溜め息をついているの。

奴は、今時の若者らしく顔がちっちゃい。

手脚が長いく、背が高い。

そんなにイケメンじゃないけど、話が面白いから女の子にもてる。

 

こういうのが、彼にとっては一番ムカつくんでしょうね。

自分が惨めすぎるじゃない。

同じ人間なのに、この差は何なんだって思うわけですよ。

 

さらにチャラいから、仕事でもたまに凡ミスをやらかすんです。

そのミスに対して腹が立ってくる。

なんでしっかりと確認できないんだって。

そこで執拗になぜ、なぜ、なぜ、で攻撃をしかけるの。

 

自分こそが正しいんだ、って自己肯定することで自分を慰めるかのように相手を激しく攻撃する。

それこそが彼にとっての最大の生き抜きみたいに見えるの。

 

 

なにを拠り所に生きるかが大事

 

彼の場合、異性と関係を気づけなのを自分の見てくれの悪さと決めつけている。

これがそもそも負け犬根性なわけなの。

 

人から尊敬されるのを拠り所に自己肯定してきているでしょ。

子供の頃から勉強ができて、クラスの中心になってみんなを引っ張ってきた感じ。

 

それが体の成長が止まる高校生あたりから雲行きが怪しくなってきた。

オレは普通よりも背が低くて、脚も短いし、見てくれが悪い。

進学校に入学してしまえば、頭の良さなんか周りとどっこいどっこいじゃない。

格別、頭脳明晰ってわけでもないから、ただのチビで格好悪い奴ってことになる。

 

せめてそこで性格が明るくて、優しくて、いい奴って評判がたてばだいぶ違うんです。

でも、彼の場合にはかつての栄光が忘れられない。

秀才で通った小学校、中学校。

黙っていても、勉強おしえて、って周りから頼られる存在だった頃。

 

それを今でも拠り所にして生きていこうとするから、次の一手がでないわけですよ。

溶け込まないし、馴染まないから周りも近寄ってこない。

 

ここで人は彼の生き方をどのように思うか?

自分の信念で生きている、それこそ正しいい生き方だ、と思うか。

いや、ただ中途半端に頭が良かっただけで、上には上がいるのを思い知らされて、それでもかつての栄光が忘れられない自己愛のつい良い男、とみるか。

 

おそらく子供の頃から勉強ができたことで、かえって社交性が損なわれたように思えるんです。

俺が正しい、いやオレの方が正しいい。こんなやり取りをしながら、どっちもどっちだなあって笑い合う事がなかったのでしょう。

常に、彼は絶対的に正しい存在だったんです。

それが高じて間違いを犯してはならない、模範でなければならない存在になったのでしょう。

そこに見てくれの悪さという、非社交性が上乗せされた。

 

ちょっと気の毒な感じがしないでもないのです。

でも、オレは彼が嫌い。

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