まだ見つけていない自分の引き出しを開けてみる

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“自分にもまだ開けていない引き出しがあるかもしれない”。

ルーティーンな生活を送っていると、ある日突然、こんなふうに思えるときがあるんです。自分の可能性を試してみたい。

このまま年老いておくなんてもったいない、

もしかしたら凡人とは別格な何かが自分の中にねむっているかも、と。

 

生きるのに疲れて、“こんな人生本当の自分じゃない”と自分探しの旅に出る人がいて、一方で可能性を追及しようと未知のフィールドに身を投じる人もいます。

 

ここではまだ知らぬ己を見つける旅のしかたについて考えてゆきます。

 

旅に出る事で脳が反応するのがまだ見ぬ自分の引き出し

 

世界を旅し、見知らぬ場所を訪ねて、自分の脳がそこでどう反応するかを試してみたい。

もしかしたら、そこで開けたことのない引き出しを手前に引き出す事ができる。

 

多くの出会いで価値観に変化が表れるという現象ですね。

その一番効率的なのが見知らぬ土地への旅なのかもしれない。

衣食住の全然違う環境で過ごす時間が脳に刺激を与え、じわりじわりと潜在意識が動き始めるの。

一皮むける、とか、殻を破る、という変化なんでしょうね。

広く浅くの物知り

 

悪いことじゃないと思うけど、世界を旅して回りすごく物知りな人いるでしょ。

ヨーロッパや南米のワインなんてほとんど飲んでる。

世界中の三ツ星レストランも一通り回っている。

もちろん世界遺産検定も持っていて、どんな話題でもコミュニケーションを楽しめるタイプ。

 

「知っているよ、行ったことあるもん。美味しいよねあのレストランのステーキ、最高。それにワインも絶妙。世界遺産は一度は見ておかないと死んでも死にきれない」

 

こういう人って知識の引き出しは増えるけど、人間性にインパクトが加わって、深み奥行がでてくるって事がない。

ただの物知りおじさん。

開けていない引き出しを探すなら

 

開けていない引き出しを探そうと思ったら別に海外を一人旅するのだけが方法じゃない。

確かにその通りでもある。

 

でも、若いうちは外の世界見たいでしょ。

テレビや映画でしか見たことのない環境に踏み込んでみたいじゃない。

高級食材を堪能する必要なんて全然ない。

でも、生の環境に身を置いてみてインパクトを感じるのは価値があるんです。

“そこ、行ったことある。実際に見た事ある”じゃなくて潜在意識を動かすような何かがあるかもしれないから。

 

オレの自己体験で恐縮ですが

 

オレは若い頃って旅行にお金使うのがもったいないと思っていたの。

形として残らないから、って。

だから社会人になるまでは飛行機にすら乗ったことが無かった。

行動範囲の狭い人間だったんです。

 

会社の金で外国に行かれるというセコイ考えから商社に就職したんです。

仕事で外国に行って異文化に接すると確かに、日本人とはだいぶ考え方が違いうなあって思う。

 

 

むやみに謝罪したら罪を認める事になってむしろ立場が悪くなる

契約書のいたるところに落とし穴、騙される方がバカなんだ

昨日と今日とでは言っていることが真逆じゃないか

コイツを説得しても、その上司に反対されたら無駄なんだ

それはオマエの責任で、オレには関係ない

 

こんな嫌な目に何度も遭遇しながら、普段フレンドリーでもいざビジネスとなると全然違いうし、むしろそれが普通なんだって思った。

それと同時に、仕事で外国にいっても得られるものは浅いなあって。

文化の違い、ビジネスマナーの違い、、、、。

魂を揺さぶられるようなものは無い、少なくともオレはね。

 

開けていない引き出しを開けたのはパニック発作だった

 

オレの人生で開けたことのない引き出しを開けたのはパニック発作だったんです。

人生最大の衝撃。

発狂してしまうのではないかという驚怖。脳が誤動作しはじめる。それは急転直下とは違っていて、ほんの束の間、忍び寄ってくる助走があった。

なんか違うぞ、っていうイントロダクションがたった。

出川哲朗のヤバイよヤバイよみたいな告知のあと、突き落とされたの。

 

“そんなの引き出しとは言えないよ”って注意されるかもしれない。

確かに!

ただの病気自慢にも見える。

“パニック発作やパニック障害なんて、いまやポピュラーな疾患で珍しくもなんとないよ”って。

 

でも、自分でいうのもなんだけど、あれ以来だいぶ人間がかった。

始めての引き出しを開けてくれたんです。

気弱で悩む人の気持ちを理解して、いたわれる引き出し。

 

その理由は本当に苦しんだから。

辛い日々を長々味わったから。

もう勘弁してくれって、泣きが入ったから。

だから辛い人の気持ちわかるようになったんだと思うの。

 

こんな自分探しもあっていい。

病気になってみろ、って言う訳じゃなくて、なってみないとわからないって事なの。

 

ただの見聞きじゃなく、自分にもできるとなれば新しい引き出しと言えるんだ

 

旅に出た先で人と会う。

話をして“ふううん”って思う。

唐突な一例だけど、

“いい死に方とは”とか“ひと目を気にしない生き方”とかね。

 

それから、なぜあの人はあんなことを言ったの?って疑問にも思う。

あんな考え方が育つ環境って何?って興味が湧く。

 

そしてまた、話してみる。

両親や兄弟がどんなで、信仰は何で、どんな教育を受けてきたのか、、、。

 

その上で、

“自分でも、そんなふうに考える事ができる”
って思ったときそれが新しい引き出しなんです。

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