野田虐待死・父親の弁解失敗で懲役16年|人格障害を暴けない裁判のピントズレ

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虐待のつもりは一切なかった。

躾(しつけ)のつもりだった。

 

こんな弁解、減刑目的のウソに決まっているじゃない。

 

「被告は最後まで自分が虐待している自覚がなかった、というのが問題ですね」とか言っているニュース解説者。

「虐待を受けている事を見抜くプロの目が必要ですね」とかも言ってた。

 

こんなニュースコメント、完全にピントがずれている。

栗原勇一郎(42)の人格をえぐり出さないと再発防止になってならない。

懲役16年はもっとも重い部類の刑なんだろうけど、こいつは58歳でまたシャバにでてくるからね。

 

ここでは10歳の娘を虐待で殺した父親の裁判の落としどころの間違いを解説していきます。

 

懲役16年かあ、作戦失敗だったなあ

 

栗原勇一郎は判決の懲役16年を耳にした時、なんと思っただろうか?

“作戦失敗だった”って思ったに違いないんです。

普通だったら懲役10年前後なのに、その1.5倍かよって。

 

あくまでも躾のつもりだったと主張して、悪意はなかった事から「懲役7年!」を狙ったんじゃないの。

 

“被告の発言に信頼性がない”っていう裁判員らの判断と、“最後まで虐待をしていた自覚がなかった”っていうニュースコメントってとんでもない矛盾でしょ。

妻も同様にDVを受けていた事実もって、被告が自分の娘を痛めつけて殺した理由を結局聞き出せなかった。

 

「躾のつもりでやっていた」で終わらせちゃったショボい裁判ですね。

こんな奴を16年間ムショでタダ飯食わせるのには、オレは反対だね。

58歳でムショから出てきちゃうからね、このバカは。

人格障害だから、また同じことやるよ

 

こういう奴いるんですよ。

ちょっと気に食わない事があると、すぐにカットなって怒鳴り散らすタイプ。

 

自分の娘なのに、それもたった10歳じゃない。

そんな子供相手にカットなって怒鳴る、叩く、蹴る、水浴びせる、食事を与えない。

多分、ムカつくことを娘が口走ったんだな。

 

普通なら「あれっ、こいついつのまに生意気な口効くようになりやがって」と親だったらクスッとしちゃう場面だけど、人格障害の勇一郎の逆鱗に触れたわけですよ。

 

そうじゃなければ奥さんも暴力で黙らせて、娘も痛めつけるなんてできない。

生まれつき歪んだ人格の人間なんです。

そういう奴の犯行をどう裁くかが今回の一番の課題だったのに。

 

人格障害者って天秤にかけたときの軽重バランスが滅茶苦茶

 

人格障害者って凄くバランスが悪いでしょ。

非常識って表現する人もいますけど、“どっちが大切か”って比べたときの判断のバランス感覚が酷いんです。

“嘘だろう、そっち選んじゃうの!!”みたいな感じね。

でも、病気じゃなくて生まれつきだから治らない。

幾ら事の重要性を説明しても、理屈として理解ででても感覚のアンバランス加減は治らない。

 

勇一郎被告が娘の心愛ちゃんから、ひとことムカつく事言われた瞬間にブチって切れたわけですよ。

“エッ、そんなひとこと言われただけであんな子供を叩いて、蹴って、冷水とかかけちゃうの?”

“これくらいしなきゃ、俺の気が済まないんだ”って頭から湯気が出まくる。

それが、時間とともに自己増殖的に膨れ上がって虐待にますます冷酷さが加わるの。

 

警察の取り調べや裁判の進め方も、それを念頭に置いておかないと“証言に信頼性がない”とかで終わっちゃうんです。

表面的な部分を行ったり来たりして被告の内面に切り込めないんです。

 

 

植松聖の人格障害ぶりをみてもわかる

数日前に津久井やまゆり園での大量殺人犯、植松聖が死刑判決受けたでしょ。

奴も最後まで自分の正当性を貫いた。

口では「意思疎通がとれない知的障害者は社会にいてもしかたがない」とかって主張していたけど、本当のところは“俺の教師になる夢を壊したのはオマエらだ、その責任をとって死んでもらうぞ”っていう逆恨みと自己愛じゃないですか。

 

酷いことをしてしまったと分かっているんですよ、植松も。

でも、そこで謝罪したら“自分大好き人間”の俺様の夢を粉々にした奴らねの仕返しを、社会正義と強引に置き換えて最後まで自分価値観を貫くことができなくなるって思っていたはず。

 

夢を壊されたのと大量殺人による仕返しを天秤に乗せたときに、人の命を奪ってでもハライセしないと気が済まないと言う異常なバランス感覚が事件を引き起こさせた。

 

“仕返ししてやる”が本音で、“知的障害者は社会に不必要だ”が建前。

本音がバランス感覚を逸しているのを本人は分かっているけど、湧き上がる感情だから逆らえない。

そこで建前を前面に押し出して、それを曲げずに死刑を受け入れたという構図です。

 

これが人格障害のヤバイところなんです。

 

人格障害と戦っている人もいる

 

差別的に聞こえるかもしれないけど、人格障害ってその人の性質みたいなものです。

すぐにカットなって怒鳴ってしまう。

それから数時間して怒鳴った事への自己嫌悪が始まるんです。

 

ボーダーラインパーソナリティー障害っていう人です。

病気じゃなくて生まれつきの性格・性質なの。

これと抑え込むために精神科を受診する人もいるんです。

自分の悪いところとして、それを認めて、何とかして軽減させようと自分と戦う。

 

本屋さんに行ってみると、この関連の書籍って幾つかあるんです。

パラパラって見てみると、「治りません」とは断言していない。

でも、治療方法としては衝動的にキレる感情と、どういうふうに付き合っていくかがポイントで、薬を使って抑えていくって手法ですね。

 

自分はボーダーラインパーソナリティー障害だってわかっていて、周りに迷惑をかけるし、自分で反省しても繰り返してしまうから医者に相談する。

こういう人って自分と正面から向き合っている。

 

栗原勇一郎も植松聖も、医者にいって相談の一つもしていれば、あんな事件を起こさずに済んだかもしれない。

 

心愛ちゃんの場合、「周りの大人が気付いてあげられなかった」と今後の課題を上げて締めくくっているけど、それは児童相談所の問題。

ああいう事件を起こしかねない奴がどういう人間なのかを知らしめるのも裁判所の責任なんだ。

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