空気を読む|重苦しい雰囲気にウンザリするのも、視線が痛いと感じるのもバランス感覚の才能なんんだ

Pocket

空気が重苦しくて、閉塞的な雰囲気。

発言がためらわれるのです。

間違いなく背後から誰かがこちらを睨みつけている。

視線が痛みんです。

この殺気だった状況で本音をぶちまけるのは、いくらなんでもマズいだろう。

 

足の裏がジンジンします。

「なんで無関係なこのアタシが周りの目を気にして気を使わなきゃならないのさ!」

嫌なものですね。

 

でも、それって才能なんですよ。場の空気を繊細にかぎ分け、読み取る力なんです。

だって、それができないがために仲間外れにされたり、重度だったら医者での治療が必要な時代なのですから。

 

ここでは、周りの目を気にしながら他人とバランスを取りながら生きる大切さについて解説しています。

 

自然と重苦しさを感じ取れるのはバランス感覚の才能なんだ

 

その場の空気が重くて何も言えないって感じるのも才能なんです。

だって、努力してもできない人が大勢いるでしょ。

 

そんな人を前にして、なぜ重苦しく感じるのかをきるだけロジカルに説明して、

“だからこの人は憤慨しているんです”

とか

“あの人はわざと傍若無人な態度で不満をはらそうとしているんです”

って教えてあげてやっと頭では理解するの。

 

でも、やっぱりピンとこない。

  

10人くらいが参加するミーテイングとかで殺伐とした雰囲気に陥る事があるでしょ。

問題がシリアスで、しかも複雑。

再発防止策を作り上げるのが目的の会議だけど、事実は事実として何が悪かったのかを追求しなければならない。

人道的な見地彼言えば、“罪を憎んで人を憎まず”ってとろなんだけど、現実的に物を考えるなら責任の所在として犯人捜しをしないと埒があかないの。

 

やったことがある人はわかると思うけど、こういうときってみんな腕組みして口を真一文字に閉じる。

うかつな発言はできないピリピリの空気です。

でも誰かが、空気穴をあけないといけないの。

現状を打開しないと、時間だけが意味なく過ぎてゆくでしょ。

  

大人の対応とは言うけどバランス感覚の無い奴なんかゴロゴロいる

 

相手に恥をかかせない。

面子を潰さない。

 

大人はこんな事を考えながら雰囲気のバランスをとりつつ発言するものです。

厳しい話を笑いに変えてサラリと流すとかができるといいんですね。

 

でも、これって大人だからできる物じゃない。

相手のミスを指摘して、まるで鬼の首を取ったように大人なげなく大騒ぎする人いるでしょ。

周りで見ている人もドン引きで。

 

“ほどほど”とか“バランス感覚”って、自分で学習する物だけど、その前に重苦しい雰囲気を感じ取れるかどうかが問題なの。

で、その重苦しい空気って誰が醸し出しているかと言うと、その場にいる人たち。

誰一人として笑っていないし、“ここは笑うところじゃないぞ”ってみんなが承知している。

 

 

祖父の葬式ではしゃいでいる孫は、死がどういうものかが理解できていないから、無邪気でいられるんです。

大勢、人が集まっているのが楽しくてしかたないんです。

でも、それは仕方が普通でしょ。

 

でも小学校3年生くらいにもなれば、そこがどういう場で、なぜ人がたくさん集まっているかも理解できる。

「おじいちゃんは楽しい事が大好きな明るい性格胃だったから、みんな湿っぽくなるのやめよう、明るく見送ろう」ってビールが注がれたコップもって、「おじいちゃん、ありがとう、お疲れ様でした」って明るく杯をあげても、やっぱりどことなく寂しさが立ち込めるでしょ。

まともな小学校3年生だと、この微妙なニュアンスがわかるんです。

でも、大人でもわからない人もいる。

 

明るく送るにしても、身内の人の心情を考えると、複雑でしょ。

30分間くらいは故人を偲んで酒を飲みながらワイワイ喋って、他人は早々に退散するの。

じっくりと別れの時間を過ごしたい人だっているわけだからね。

それが、バランスの取れた大人の対応なんです。

 

 

情熱的だけど言われた事しか分からない、察することができない

 

熱烈な恋愛を経て結婚したけど、1年もたたないうちにあっさりと別れるカップル。

あれも空気が読めないタイプの典型です。

 

燃えるような恋で頭がのぼせるのはどんなバカでもできるんです。

“惚れた腫れた”は直球どうしのキャッチボールで全然難しくないの。

空気を読む必要もないし、相手の心情の深い部分をケアする必要もなく、ただただベタベタベタしているだけだから。

問題は、その後なんです。

 

二人の関係を成熟させるステップに入ったところで、お互いが自分勝手な事を言い出す。

二人が共同生活をするには、バランスをとらなければどっちか一方に偏っていってしまうんです。

口には出さないけれど、腹の底で考えている事を探ったり、探られたりする。

言いたい事をストレートに言い合いながら、やっぱり腹芸が必要で、重苦しい空が家庭に充満しているときもあるし、視線が痛いときもある。

直接問いただすべき理由か、暫く様子を見るべきかを判断する感性が必要となってくるんです。

       【広告】

 関連記事

      【広告】

  

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*