比較せずにはいられない|わざわざ比べてコンプレックスを抱くのが人間らしさなんだ

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“あの娘に比べてアタシなんか”とか“平均よりも”とか“普通なら~なのに、なんで自分は”とか、人間心理って比較せずにはいられないですね。

 

それでもって、コンプレックスを抱くの。

 

そりゃアンタさあ比べる相手が悪いよ、って慰めてくれる友達がいるけど腹の虫は納まらない。

視点を変えて別の部分で勝負したり、相手の悪い点を際立たせて相対的な優位を勝ち取るとか、どうしても比較にこだわり続けるんです。

 

ここでは、そんな人間の比較心理について考えてゆきます。

合コンにブスを集める比較の心理

 

これってよくある事ですね。

合コンで友達を集めてくれって頼まれたら、自分より不細工なのをゾロゾロ引っ張り出すでしょ。

回りのレベルを下げて、相対的に自分の美を高めるって作戦です。

環境操作としては、すごくわかりやすい手法で、参加した男性陣にも100%ばれているから逆効果なんですよ。

 

飲み屋に全員集合して、“幹事役が誰”で“参加メンバーのつながり”を紹介したら、その比較心理が即バレるの。

で「あの幹事役の女は策略敵で性格悪いぞ」って。

 

別の比較を考える人もいます。

この前の合コンより断然楽しかった、って評価されるのに手応えを感じる人。

美系、可愛い系、お色気系、、、いろいろ集めて自分は場の盛り上げ役に徹する。

気遣い、気配りで人柄の良さを控え目にアピールするわけですよ。

ここにも、少ながらず比較じみた計算が見え隠れするでしょ。

改善には比較は必須だけど、絶対的価値観で勝負する奴も

 

比較して自分のダメ出しをし、そこを改善してまた勝負にでる。

こういうサイクルが進化とか進歩を生み出すんだけど、たまに絶対的な価値観で勝負に挑んでくるタイプいるの。

 

天然”ってヤツです。

いっとき“プッツン”とかってもてはやされた時あった。

いまは、“ぶっ飛んでる女”みたいな言い方もありますね。

これってある種の珍味で、普通は敬遠するけど好きな人にとってはたまらなく好きってもの。

周囲との比較なんか無用で、我が道を歩むわけ。

友達と仲はいいけど、共有共感している部分が少ないんです。

考え方が独特で、ファッションやメイクセンスも流行とはかけ離れていたりする。

 

本当の天然だったら別に問題はないでしょうが、演技でこれを貫くのは結構キツイと思うんですよ。

例えば自分のタイプの人がいたとして、その人が“天然系はちょっとねえ、、、”だったら身の振りようがないでしょ。

貫く道が決まっているから、急にイメチェンってわけにはいかない。

チラチラと横目でお目当ての人の言動を気にしながら、どうしようかと悩むわけですよ。

 

そもそも天然を自分のキャラにしている人って個性的な人に憧れていることが多いんです。

その発端っていうのが、テレビドラマや映画に登場する傍若無人の主人公だったりするの。

特殊な能力があって、問題をバシバシと解決したりする。

でも、普段は不愛想で人間関係を上手く構築できないとか、すっとぼけていて幼稚趣味だったりするの。

 

難はあるけど比較を避けて生きると言う意味では、有効かもしれないんです。

誰が一番かを決めるのは比較の究極で競争心に火をつける

 

昔は漫才のグランプリなんか無かったでしょ。

歌謡大賞とかFNN歌謡祭とかはあったけど漫才は寄席で観る地味なものだった。

でも、漫才ブームが起きて、それから何年か経ってからTHE MANZAIとかM-1グランプリとかがテレビで放送されるようになった。

で、あれで優勝すると待遇が全然変わってくるっていうの。

仕事のスケジュールが急にパンパンに埋まって、寝る暇もないくらいの売れっ子になる。

だから優勝って凄い価値があって彼らの人生を左右するの。

 

誰が一番面白いかを決めるっていうのは、比較対照の究極のかたちで、競争心に火をつけますね。

 

もともと漫才師ってそんなに人気職業ではなかったでしょ。人気があるとかの評価はあったけど、横並びにして誰が一番面白いかのトーナメントなんて無かった。

 

でもあの漫才師どうしの戦いが始まったからこそ、面白いネタが増えたでしょ。

お笑いのパターンとか、どんな言い回しがウケるかを超真剣に研究したはずなんですよ。

 

その結果がお笑いの本当のプロになって、場の空気を盛り上げる存在として活躍している。

いまのバラエティー番組のMCってお笑い芸人がほとんど。

機転が利いて、中だるみが無いから番組として成功するわけです。

 

かつてのまったりテンポの漫才師がMCになっても番組的に盛り上がるとは思えないんです。

昔の漫才って独特のテンポがあったでしょ。まったりしていて型にはまった感じ。

いまでも上野広小路とか浅草あたりの寄席にいくと、無名だけど年輩の漫才師がでてくる。

でも、あのオッちゃんらがテレビ番組のMCで気の効いた事言えるとは思えないですね。

 

テレビでネタを披露すると、ネタは消耗品になるでしょ。

だから機転が利かないと通用しないの。

そこが寄席専門芸人とテレビで通用する芸人違いで、比較競争で生き残った実力者ってかじですね。

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