正々堂々のフェアプレイを称賛すべきか、反則ギリギリを期待すべきか|勝負は力に違いがあった方が面白い

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フェアプレイからイメージされるのは、正々堂々と“がぶりよつ”で戦う姿ですね。

相手を騙すとか、嘘をつくとか、引っ掛けるような事はしない。

直球勝負で、姑息な駆け引きなどしないスポーツマンシップを感じるんです。

 

でも、これが一歩間違えると堅苦しくて遊び心のない退屈さにつながっていくのです。

正々堂々が“つまらない、面白くない”って事もあるんです。

実直なだけが人を興奮させるわけじゃないんです。

ここではフェアプレイを貫くべきか、反則ギリギリで戦うべきか、どちらが人を引き付けるかについて解説させて頂きます。

 

フェアプレイとはどんな戦いなのか

 

そもそもフェアプレイってどういう戦いなのか???

その答えは“ルールを守って清々堂々“って事になりますね。

 

ルールは参加者にとって公平で、競技者が安心してプレイできるように作られている。

確かに陸上競技とか水泳あたりだと、0.01秒なんかを争うからルールの許容範囲もかなり狭目です。

でも、球技とか格闘技系になれば、ルールの網の目をかいくぐる手腕も実力のうちになってくるでしょ。勝負になれば、複雑で難解なルールのグレーゾーンを上手く利用するのが醍醐味でもあるの。

 

ルールの許容範囲のど真ん中で戦うより、ルール違反ギリギリでも許容範囲ならいいわけじゃないですか。

相手が試合途中に足でも腕でも負傷したとしたら、そこを狙うのが格闘技系の鉄則。

それを、あえて怪我していないところを狙い続けるようだと、超退屈なアマチュア競技になっちゃう。

 

相手にとってみたって、負傷したのは自分のミスなんだから、そこを狙われたって仕方ないと考える。

それだけ勝ちにこだわっているんです。

勝手も、負けてもどっちでもいいなら、ケガをしたところなんて狙いやしないんです。

試合途中でコンディションが不平等な状態であっても、もともとのスタートがフェアであれば関係ないんです。

途中経過で一方がハンデを負ったら、そこを狙われると思っていないと退屈な勝負になるんです。

 

プロは反則ギリギリで勝負する

 

ボクシングなんかだと、途中で目の上をカットしたら、そこを徹底的に狙わないとむしろ観客からクレームがつく。

オマエは勝つ気があるのか、って怒鳴られる。

これをフェアじゃないと言われちゃうと、スポーツなんて成立しないでしょ。

 

サーカスに“綱渡り”や“空中ブランコ”って出し物があるけど、安全ネットを張る団体と、張らない団体があるんです。

ネットの有り無しで面白さ、ドキドキ加減が全然違うじゃない。

ネットを張るようなサーカスは2流ですよね。

 

スポーツも同じなの。

安全ネットに守られた格闘技なんて見たくも何ともない。

 

減量で10キロ体重を落として、試合前日の計量の後に、たった1日で10キロ近く体重を戻す選手がいます。

あの計量が試合の1時間前とか30分前だったら、体重増減の驚きもなくなって、ボクシングの面白さが半減するでしょ。

ボクサーの舞台裏での戦いを堪能しようと思ったら、計量日の会見を見るとゾクゾクするの。

体脂肪が3%くらいまで落として、汗すら出ないところまで水分も抜くの。

体から水分抜くためには塩分をとらない。味の無いガムを噛んでツバを吐くんです。

 

 

実力が拮抗した者どうしの戦いと、番狂わせの戦い

 

“いったいどっちが勝つだろうか!?”っていう試合もハラハラドキドキだけど、勝機は無いと言われた選手が一泡吹かせるのも最高でしょ。

 

勝負は時の運、って言うけど大方の予測は付く。

試合をプロモートする側は競っている選手どうしをぶつけるようにするけど、専門家らの意見を取りまとめると、みんなの意見にそんなに大差ない。

 

でも、勝機の薄い方の選手は秘策を考えてくるでしょ。フェアプレイじゃ勝てないの分かっているから、下馬評を覆すような大胆な作戦を極秘裏に練習してくるの。

相手の動きのクセをビデオから勉強して、どこに隙があるかを丹念に探して、弱点を突くために何十時間も練習を繰り返す。

それがたいていの場合は通用しない。

作戦よりも実力の方が確実性があるの。秘策がビタッとはまるほどプロの世界は甘くないんです。

それでも、せっかくのチャンスに掛ける思いは感じる事ができる。

 

まともに戦ったんじゃ歯が立たないと思えば、反則ギリギリでやるしかないでしょ。

それがプロってものなんです。

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