心の支え|不安や心配、心細さはこんなふうに乗り切るのです

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オレ、歳を重ねるごとに漠然とした不安や心配、心細さを感じるようになってきたんです。病的とは思わないけど、心の引っ掛かりが蓄積しているように思えるの。

問題をひとつひとつ丁寧に解決して前に進んでいけばいいのだけれど、妙な鈍感力が身についちゃって、“これは後回しでいいや”とか“あれは、もう暫く様子を見よう”とかなってくるの。

自業自得と言われれば返す言葉もないけど、みんなオレと同じような思いをしているはず。

 

ここでは、些細な不安、取るに足らない心配事をどうやり過ごせば健全な精神で暮らせるかについて解説をしています。

 

宗教による心の支えとは、信じる者は不安から救われるということ

 

信じる物がある人は強いですね。仏教、キリスト教、イスラム教等々。

漠然としたメンタルの不調くらいなら何とかしてくれる。

 

お釈迦様は“生きる事、すなわち苦しみだとおっしゃっています、、、。”

これを思い出せば、自分の不安や心細さは正しい感情で、自分の精神はまともなのだということになる。恐れるべきものではないと納得できちゃう。

 

キリスト教だったら、神とともに生きる事で幸せになれる、と説かれているわけだから、聖書を読んだり讃美歌を歌って神を自分の近くに感じれば自然と幸せになれるわけです。不安も心配事も解消されちゃうの。

 

いずれにしても悪いようにはされないと安心感がわきあがってくるでしょ。寄りかかる物があると強いわけです。

 

 

宗教の効能を利用した偽神を心の支えにした結果

 

宗教って信じている人にとっては絶対的な力があるでしょ。メンタルを捧げている以上100%正しくて、何ものにもかえがたい真理みたいな存在。

 

これを利用した悪質な実態がカルト宗教なんです。

お布施と称して、その人の全財産を奪いとるの。煩悩を捨て去るためには金品すべてを教団に寄付して、体一つで神に仕えなければならない、とか言い出す。

メンタルが弱っている時に、話を聞いて共感してもらえるとツボに入っちゃうの。

科学的な手法で洗脳を仕掛けてこられると、普通の人だとひとたまりもない。

多分、心は落ち着くんでしょうね。

でもそれと引き換えに、人生を棒に振る。

 

歴史のある仏教やキリスト教ってお布施はあるにはあるけど、その人の人生を奪い取るようなあくどい事しないでしょ。

お金まき上げたり、働いて得た給料の90%を教団の為に振り込めみたいなことしない。

だから個人への密着度はカルト宗教ほとんど強くないけど、世界規模での展開だから危険性はないの。

  

信じる物が無くても

 

日本人みたいに宗教が日常的でない国民もいますね。

オレも含めて、無宗教の人達ってどんなふうに心を支えているのかというと、家族愛とか友達とか、ごく一般的なもの。

家族の為に頑張らなきゃ、みたいなもで、絶対的なパワーはない。

だから、愛する家族がありながら不倫したり、愛が冷めて離婚したりもある。

キリスト教だったら、そういうときの為の懺悔が用意されていて、神父様の前で泥をはいてメンタルがさっぱりしちゃうの。

 

オレら日本人は神とか仏が何してくれるわけでもないと思っているし、“成るようにしかならねーよ”みたいに生きているでしょ。

この、ある種の諦めが心を鎮めてくれるんです。

 

物事、成るようにしかならない

やるだけやったら、あとは野となれ山となれ

真面目にやる事をやっていれば、物事良い方向に転がるものさ

  

低いところで安定させちゃう人たち

 

高いところに居るから転がり落ちるリスクがあって不安を感じるんです。これを逆に考えれば、これ以上落ちようがない低いところに居れば安心、みたいな保身のしかたもある。

 

分かりやすく言うと、守るべきものがない状態でいるわけです。

結婚して子供が生まれ幸せになると、その裏返しとして家族を守らなければならないという不安を感じる。

普通の人は不安というよりも生き甲斐となってモチベーションが上がるわけです。オレも一家の大黒柱だ、みたいな責任感が背筋を伸ばさせるわけ。

 

ところが、結婚まではいいけれど(離婚しようと思えばいつでもできるから)、子供ができた瞬間にビビる男ね。子供ができると責任重大でしょ。

だから、幸せにはなりたいけど子供は作りたくないと考える人っているの。こういう人は仏教でも宗教でもどっちでもいいから寄りかかる物見つけた方がいい。

 

もう一つ別の例。

漠然とした不安が気持ちを揺さぶってきたとき、“どうせ自分なんか“と悲劇のヒロインに逃げ込む方法もあるの。

心細さとか心配事とかが脳裏をよぎった時、自分への不幸と結びつけるんです。

誰かが自分の悪口を言っているとか思い込んで、自分は何も悪くないのになぜこんな嫌な気分にさせられなければならないと、と自己憐憫に逃げ込んむんです。

この悲劇のヒロイン作戦って麻薬みたいに協力で、かつ依存性があるの。味を占めると抜けれないのです。

 

少しくらいの不安や心細さなら全然平気で跳ね除けちゃうくらいのパワー。

 

輪廻転生で気持ちを紛らわす作成

 

頑張れば報われるはず、という考えで日々邁進していても必ず良好な結果が得られるわけではないですね。だから人は心細くなったり、未来を心配し始めるわけです。

この世に生を受けた者はみんな平等で、幸運も不運も全部合わせてプラマイゼロと保証されていれば、多少理不尽な事が身に振りかかってもそんなに神経質にならないでしょ。

 

人間、生きていればいい事もあるし悪い事もある。プラマイ、ゼロなんですと説く人がいたとしも、そんな都合よく世の中、回っちゃないのは誰しも分かっているの。

「プラマイ・ゼロって言うけれど、ちっとも幸運がまわってこない。いつになった幸せになれるの、、、。」

「それはね、あなたの前世に問題があるのですよ」

 

なんともやるせない気持ちになる。

でも、確かにその通りなのかもしれない。

しばらく気持ちが落ち込むものの、不安や心配や心細さが自分の前世の素行かれきていると判明しただけでも一歩前進なんだ。

だったら、来世にはきっと光り輝く人生がまっているのだろう、と自分を鼓舞することで気持ちを切り替えることができるのです。

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