達成感や手応えだけが充実人生じゃない|単純に楽しむことも大切

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先日、テレビでフランスにあるミュシュラン三ツ星レストランのドキュメント番組が放送されていたんです。

あのミシュラン三ツ星って過酷ですね。

毎年、覆面調査員が抜き打ちで来店しておとなしくフルコースを食べて帰っていくの。審査の基準も定数的じゃないから、必勝法もない。

そのドキュメント番組ではオーナー兼料理長がメンタル的に追い込まれていって、その年のミシュランの発表前に自殺してしまったの。

ミシュランで三ツ星を獲得した達成感と、それを守り続けるという重圧との間に挟まるんです。強靭な精神力でストレスを跳ね返せないと自滅しちゃうんです。

 

ここでは達成感の喜びと、精神をむしばんでくるストレスについて解説しています。

楽すぎると物足りない、充実しない

 

“美味しいところだけツルツルと食べてラッキーと生きていこう!”

日本人って、これできないんですよね。罪悪感ってほどでもないけど、日本人的な生き方じゃないんです。

 

日本人全体(老若男女)を総合すると、贅沢すぎる生活はダメ、勤勉で正直にみんなで力を合わせて、足並みそろえてガンバろう、が根付いている。平等・公平が好きなんですね。

さらに相変わらず残業は愛社精神のバロメーターみないになっているでしょ。

 

欧米人が“人生は楽しむためにある”って言っても、日本人のおじいちゃん・おばあちゃんはピンとこない。

せいぜい“人生楽ありゃ、苦もあるさ”程度なんです。

ラクすぎたり、楽しすぎたりするとダメで、半々で御の字なの。

 

間違えた努力のしかた

 

前日のミシュラン三ツ星レストランのオーナーシェフの自殺の話にも通底するんだけど、職場で課長さんに昇進した人の目標っていうのがあるの。

凄く真面目で会社おもいの新米課長が昇進の挨拶で「僕は会社のため、みなさんのために、日本一の課長になります」ってスピーチしたんです。

熱い人だなあ、ってみんな思うんです。

 

課長昇進の次の目標は何か?と問われて「次長への昇進です」と答える人は病気にならない。「日本一の課長になることです」と答える人は病気になる確率が高いそうです。

今の実力を生かして課長職をまっとうし、次長になるためのインパクトを会社にPRすればいいわけですらから、分かりやすいし気も楽でしょ。

日本一の課長って事になると、なにをどうすればいいものやら、なにか問題があるごとに頭を抱えるわけです。どんどん追い詰められてうつ病を発症する確率が高まるといいます。

 サクッと要領よくジャンプアップするのも大切なんです。

リベンジして達成感を得ようとする

 

勝負に負けた相手に再び挑戦して、打ち負かすのがリベンジの目的ですね。でも妙なリベンジにのめり込む人もいるんです。

 

アルコール依存症の男性とわざわざ世帯をもとうとする女の人ね。これってアルコール依存症にリベンジしようという意気込みなんです。

割と多いんですよ。

この手の女の人の実家を覗いてみると、父親がアル中とかアルコール依存症だったりするんです。彼女が幼い頃から父親は家でゴロゴロして朝から酒を飲んでいるの。

母親のパートの稼ぎでかろうじて食いつないでいるような貧乏一家なの。彼女が学校に通う年頃になって自分の父親が普通じゃないって気づくわけです。

 

でも子供の頃から沁み込んだ家庭環境って良い悪いは別にして、どこか懐かしい雰囲気があって落ち着くんです。父親が酒飲んで居間でゴロゴロしているのをみると、これが我が家だなあ、って感じるの。

 

だから気が付くと、酒癖の悪い男と付き合っているの。
で、彼女の腹の底には“アタシがこの酒癖の悪い男を立派に更生させてみせるっていうリベンジが横たわっているんです。

当然、素人の手に追えるわけもなくどっぷり酒浸りの生活に引きずり込まれてしまう。達成感はまず、得られない頑張りで、拾うだけが残る。

生きた証を残したい

 

人が身の丈よりもずっと上の目標に挑戦するのは生きた証を残したいからなんです。

人生を充実させるには易しすぎちゃダメなのです。ぶつかりがいがないと気が済まない。

スポーツでストイックに厳しいい練習を繰り返すのは自分が納得のいくトレーングじゃなければならないからなんです。これだけやれば勝てるに違いないと思いたいから。

試合の後に達成感を必ず味わえると確信したいんです。

ブログに記事を寄せている時(大した記事は書けていないのですけれど)、自分なりに上手く書き上げられっていう手応えがほしいの。面白くない記事かもしれないけれども、、、。

 

「10分で書けて、あっという間に集客」みたいのが羨ましいと思うのが半分、物足りなさ半分なんです。これが自己愛なのかもしれませんね。

楽して成果が出た方がいいに決まっているのに、手応えを求めちゃうんですね。“痛気持ちいい”みたいな充実感を求めちゃって、逆に集客数が伸びない。

爪痕を残したいという自己肯定感があって、“短期間にこれだけ儲けました“っていうのと”読み応えのある記事を書けた“っていうのは別なんです。悲しいかな、オレがやっているのは後者で自己満足がなかなか抜けないの。

「ブログっていうのは、そういう物じゃないよ!」って言われるのは分かっているんです。でも書くと言う行為の中で手応えを味わいたいんです。

だから、達成感を得ようと頑張り、踏ん張り、徹夜で書いても、たまには単純にラッキーって思えるのを楽しまないとやっていられないんです。

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