殻の破り方|固定観念から抜け出して新しい自分を作るには

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日本人って世界でも固定観念が強い国民です。

常識もほぼほぼそろっていてマナーも良いし、綺麗好きなんです。

初めて来日した外国人はびっくりして、かつ感動して帰っていくの。

 

でも外国人の自由度を見た人の中には日本の常識に閉塞感を覚える人もいるんです。

「いいんだよ、俺は俺の道を行く」が会社や組織で歓迎されず息苦しさを感じる人もいると。

 

改めて我が身を振り返ってみると、取り立ててこだわりが無いから多数派に属する方が安心という雰囲気がある。

小さいころから、みんなからはぐれずに付いて行くのが安全な道と植えつけられている。

それが長い成熟期間を経て固定観念となって自分を覆い固める殻になるんです。

 

ここでは自分の殻の壊し方をご紹介し、新しい自分になる為の方法について解説してゆきます。

 

自分の殻が社会の常識からできているから破りづらい

 

日本人って単一民族ですね。

だからもともとベクトルは一致していて“えっ?ウソだろ!マジか?”みたいな人が少ないの。

アメリカなんかだと法律の許容範囲だけどぶっ飛んでる奴がいる。

 

アメリカで仕事をしてみると労働組合がものすごく力を持っているのを感じるんです。もちろん労働者を守る為にあるから、それはそれでいいんだけれど。

 

何年か前に機械・設備の展示会に出展したことがあるんです。日本からわざわざ巨大なマシンをアメリカに輸出したの。

展示ブースに運び込んで、その場で地元の電気工員に時給30ドル払って電気配線をお願いするの。

電気工員の後ろで仕事をじっと見ていたら、配線間違えているんです。

「ねえねえ仕事中悪いんだけど、そこの配線間違ってますよ」って注意したけど全然聞いてくれない。

暫くみていたら、また間違っているの。それで電工員が休憩でコーヒー飲みに行っているのを見計らって、配線直したんです。

それに気付いた電気工員は怒って自分の作業道具もって帰っちゃった。30分くらい経って展示会場の管理の人から、配線工員の仕事の邪魔をしたからペナルティーとして2日間、電源ストップされたんです。

こっちが労働組合の規律違反をしたことになっているの。

人の仕事に手をだすのは、その人の仕事を取り上げる行為だから、やったら作業妨害にあたるんだって。

 

「だって配線間違えているじゃん!」って抗議したけど全然歯が立たないの

結局、そんなに文句があるなら出展をやめたらいいじゃないか、って言われて、それ以上何も言えなくなったんです。

アメリカの労働組合は全力で自国民を守るんです。

オレたち日本人なんて何の権利もない。

 

日本人だったら、誰の仕事だろうが間違いがあれば指摘するでしょ。

結果を重視するなら、早いうちに助言するとか、とりあえず直しておいて後で事情を説明するとか。

 

日本人としての常識と殻

 

 

アメリカ人の立場から“自分の常識や殻を破るとは何か?“を考えてみると答えは簡単ですね。

アウトプットが良くなるように自分の仕事とか、他人の仕事とか区別せずに働く、って事が従来の固定観念や自分の殻を破ることになる。

 

で、日本人はこれが正しいと思い込んでいるの。

でも、これ日本人の常識がアメリカの常識よりも上だっていう思い上がりからきているんです。

 

アメリカ人は責任の区分を明確にすることが仕事の基本だと信じている。日本人ってこれがすごく苦手なんです。

だから“取り決めの甘い責任区分はお互いカバーしあって抜け漏れが無いようにしよう”という道に逃げ込む。

そんな甘っちょろい考えは欧米じゃあ通用しないんです。

 

業務内容の分析が不十分って事で、かつ、仕切り能力の欠如したマネージメントが乗っかっている、ってバカにされて終わり。

細かいところまで責任区分を明確にするスキルが無いって事。

 

それを許しているのがグレーゾーンを相互助け合いでカバーしようという日本人の言葉になる。

細かいところまでガチガチに決めるのが契約社会なんです。

契約書で自分の不利益を守るのが欧米では当たり前で、日本はそれについてこれないって事なんです。

なんでもかんでも契約書で合意なんて冷たすぎる

 

契約書を性悪説の産物だと考える人がいます。オレも実はそう思っていたんです。

でも人間って、その時々の環境、体調、多忙度合で気分が変わるでしょ。

だから、そんな人間の弱い部分を補ううえで、決め事は契約書に残しましょう、というのが欧米の感覚なの。

 

人間の移り気を認めたうえで、じっくり話し合う。そこで決めた事はしっかり書き物として残しましょうという文化です。

“俺がこの場で約束したんだ。それが信じられないっていうのか!”みたいに相手が気を悪くするんじゃないかと気を回すのも分かりますね。

でも、どっちが仕事として正しいやり方かを考えた時、契約書で合意するのが正しい。

 

多分、日本人が細かな約束でも、当たり前のように契約書や覚書を取り合わすようになるまで2~3世代くらいかかるでしょう。

それも、その2,3世代が、無理してでも契約書・覚書で残す習慣を付けなとダメですね。

この無理してでも、というのが日本が殻を破るうえで必要なエネルギーなの。

 

手間暇かけて良い物をつくる日本文化

 

手間暇かけて品質の良い物を作り上げるのが日本の物作り。これが、メイド・イン・ジャパンを不動のものとした。

世界中で日本製は品質面で絶大な人気がありますね。

 

この殻は破るべきか破らぬめきか、が問題なです。

品質が良いのは誰もが支持するところです。

でも、生産性を見ると日本で最悪でしょ。

一人が時間あたりで稼ぎ出すお金が低いんです。時間をかけすぎているの。

 

“手間暇かけて”が生産性の観点からみるとブブーなんです。手抜きをしない、品質面では絶対に妥協しない、が果たして正しいのかってことになる。

コスト度外視で品質にだけ執着してていいの?って疑問もわいてくる。

 

“手間暇かけて“の殻を破ろうとしたら2つしか方法はないんです。

一つは、品質を下げて自動的に時間をうかせる。要する時間を短くする。

もう一つは、所要時間をきめて、結果的にどこまでの品質が保てるかを見極める。

 

ある程度の犠牲を覚悟しないと無理がでてくるんです。

“品質を下げずに、所要時間を短縮する“を考えろと上は言うでしょう。

でも妥協すべきところは妥協しないとメンタルがやられるんです。

良いとこ取りをしようとすると頭が爆発する。

だから殻を破らないとダメなんです。

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