自信が無いからあんな行動を取るのだが、自信満々で相手を見下す奴とは何物

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いかにも怪しい渦中の被疑者、25歳、男性。

同棲中の愛人の幼い子供を虐待した疑いで警察の取り調べを受け、釈放されたばかり。

当然、テレビ局のレポーターがマイクを向けますね。

 

「xxxちゃんの全身に20ヶ所以上のアザがあったとのことですが?」とマイクを向ける。

「、、、、、」

「これらのアザに、あなたは関与しているのですか?」とマイク。

「チっ、なんで僕があなたにそんな事を話さなければならないの?あなた警察?」とトゲトゲしい。

「なぜって、世の中の真実を知ってもらわなければなりませんから」

「なぜ、あなたを通して知ってもらう必要があるの?」

「あんたさあ、あんなに世間を騒がせておいてその態度はなんなんですか」

「うるせーよ、ばーか」

 

自信の無さからくる、質問への質問返しです。

ここでは、自信のない人の歪んだ言動について解説してみたいと思います。

 

自信がなくて真正面で向き合えないから、別の行為を混ぜてくる

 

自信がない人ってテーブルについて話をしていても目が泳ぐでしょ。これって咄嗟の場合なんです。

前もって話し合いのテーマを決めておくと、ガムを噛んでみたり、忙しいふりを装って別の書類に目を通すしぐさをしてみたりする。

「お昼を食べる時間がなかったからパンを買ってくるので、食べながらでもいいですか?」なんていう人もいる。

核心でがぶり四つになる自信がないから、別の動きを混ぜてくるんです。

 

冒頭に書いたのは、明らかにテレビ局のレポーターから逃げているのがわかるでしょ。虚勢をはっているだけで、中身がない。

オレは話をしたくないんだ、ノーコメント、と言えないからアンタに話す義理はない、といきがって見せているわけなんです。

 

 混ぜるという行為が話し合いを円滑にすることがある

 

会社で部下のコーチングをするときって、テーブルをはさんで真正面に座らないの。これってコーチングの研修を受けたときにならったんです。

真正面に座ると、対立モードっぽくなるらしいんです。だから、敢えて会議室のテーブルの角に二人が90度の角度で座るようにするんです。そうすることで、話しやすい雰囲気が生まれるそうです。

一日とか半日の長い会議の場合は、敢えて会議室のテーブルの真ん中に一口チョコとかキャンディーとかビスケットを置くの。すると、話し合いとは別の食べる行為が混ざることで話が円滑に運ぶんです。

 意見の正面衝突を避けて、多様な考えを探りたいときは、真正面に向き合わないとか、何か別の物(チョコとかキャンディ)を混ぜて逃げ道を確保しておくという、逆の利用法もあるの。

 

俺様的な発言で自分をバリケードで囲む

 

「そんなの有りえねー」、「論外!」、「考えられねー」って一発で返してくる人いますね。

あの俺様的な態度で、相手を見下し、門前払いをくらわすわけです。相手の意見の足切りみたいなもんです。

で実際どうなのかっていうと、中身の無い人ほどこれで逃れようとするの。

もともと意見を求められて、それに簡潔に応える訓練がされていないから、どう答えていいかわからない。でも、“どう答えていいかわからない”とは言いたくないから“バカバカしくて答えられない”とい態度にでる。

 

こっちの様子を見てクスクス笑いながら人の話を聞かないふり

 

  取引先の二人組(男二人)が、こっちの様子をうかがいながらヒソヒソクスクス笑うんですよ。こっちが真面目な話をしているのに、クスクスヒソヒソをやられると話にならない。

あのやり方って「俺たちはオマエとは同じ土俵に立っていませんよ」って言っているようなもので、こっちを完全に下に見ている。論外とか、あり得ないとか言わないだけで、態度で示しているわけ。

だから、何を言っても、ふーんっ、つて聞くだけで、少したつと二人で内緒話をするわけ。 卑怯なやりかたですよね。

 

自信が無いから偉そうにしている、というのは信じたいけど間違った解釈です

“自信がないから偉そうにしている”と解説しているのをたまに見かけます。でもそれは間違いで、偉そうにしていて、かつ自信満々の人もいる。さらに実力を備えている人も。

悔しいけど本当の事です。実力がある人は常に謙虚であって欲しいけど、現実はそうじゃないんです。

偉そうにしているのは、その人の持って生まれた性格なの。自己愛が強いわけです。

問題は、もっと凄い人が出現したときに、素直に敬意を表せないところにあるんです。常に自分が一番じゃなきゃ気が済まないわけです。

だから、自分よりも上だと思ったときから難癖をつけ始める。その人の存在を認める余裕がなくなっちゃうわけなの。自己愛性人格障害です。

実力があって、他の人よりも自分が優れていると思ったら、力不足の人の為に何かしてあげようと思うでしょ。いろいろ教えてあげたり、お手本を見せてあげたり。

でも、その気持ちが出てこない所からして人間としての素養に掛けているものがあるんです。

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