今を楽しめない人の特徴|明確な目標を失うと心が病んでいく

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彼は楽しみを先延ばしにするタイプで、子供の頃から将来のために頑張ってきたのです。はたから見ても痛々しいほど努力するのです。

小学校、中学校の頃は良い成績をとって名門の進学高校に入学するのが明確な目標でした。高校ではクラブ活動もせずに有名大学の入試に備えて勉強をしつづけました。もうお分かりの通り、大学では一流企業に入社する種の生活を送ってきたわけです。今を楽しめない人なんです。

将来の為の勉強が生きがいで、幾つかの節目を目標通りにクリアーすることに手応えを感じていたのかもしれません。でも、毎日がとても辛そうだったのです。

ここでは、将来のために頑張るタイプの人と、解放的にその時その時を楽しむタイプの選択について考えてみたいと思います。

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教育ママゴンに洗脳されて今を楽しめない

 

教育ママゴンとて、我が子を手なずけて思いのままに操作しょうとしているわけではないのです(そういう人も中にはいますけれど)。子供の将来を考えて四六時中、勉強、勉強とまくし立ててしまうのですね。

この心理ってちょっと複雑なので少しだけ説明させてください。

ベースの部分に「我が子は自分のDNAを引き継いでいる」という心配事があります。つまり、アタシの子供なんだから生まれつき頭が良いわけはない、と。せいぜい中程度なのだ、と。

これがあるから子供の潜在能力を全面的には信じていません。

 

次に、年齢的な経験値から子供のアラとか非効率さが目に付いてしまう。「もたもたしてないでテキパキやりなさよ」的な気分に陥るわけです。だからどうしても口うるさくなっちゃう。

 

視野が広がる子供と狭まる子

 

「勉強しなさい」とまくし立てられても、勉強の仕方は子供によってまちまちですね。学校の教科書を暗記してしまうくらい読み込んでいく子供もいれば、教科書に留まらずにどんどん広がりを求めるタイプの子供もいます。

 

例えば英語の勉強を例にとれば、教科書だけではつまらないからアメリカ映画の中の会話を拾ってリスニングの教材にしたものを書店から探してくる子供もいます。

歴史だったらインターネットを使って学校教育にはでてこない裏話なんかに興味を持つ子供もいます。

クラブ活動を禁止してまで勉強に注力させようとしていた親にとってはちょっと思惑が狂った感はあるかもしれません。

 

親は、子供が机に向かっていればきっと勉強をしているのだろうと安心しますね。親が勉強勉強言ってても、子供によってやり方は全然ちがってくるのです。

それじゃあ、上記みたいな広がりのある勉強のしかたと、教科書中心の学校教育中心型とどちらが良いのでしょうか?

多分、広がりがある方が良いと多くの方が思う。でも正直わからないんです。

 

短期間で学校の成績をアップさせようと思ったら、教科書中心がいいんです。成績あっぷでモチベーションがあがり、ぐんぐん良い方向に向かう事がありますね。これって、勉強のとっかかりとしてはとても大切なんです。成功体験を重ねるという意味で行くと、成績が上がるというのが一番効くのです。

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日本一の課長になる

 

ある男性が勤め先の人事で課長に昇進したのです。真面目な性格で人柄もよく、周りの人からの信望も厚い人でした。

彼は部長から「課長になった今、どんな目標で仕事を進めていくつもりかね?」と聞かれたとき、彼は日本一の課長になりたいと答えたそうです。課長の次の次長を狙うのではなく、日本一の課長になりたいと。

 

「日本一の課長になりたい」と考える人は「次は次長になりたい」と考える人よりもうつ病にかかる割合が高いのです。目標達成のラインが見えづらい分、努力の泥沼にのめり込んでしまのです。

日本一の課長とはいかなるものか、を考えたときそこには際限のない要素が絡み合っていて、本気でこれに取り組もうと思ったら気が狂ってくるのもわからなくもないのです。「今を楽しめない」に一歩踏み込んだ感じがするわけですね。

 

次長になるのだって、会社の人事が決める事ですから定量的な数値は明示されてはいません。でも、日本一の課長になるに比べればはるかにドライなんですよ。

 

 

今を楽しめないのはなぜ

 

明日大切なテストがあるから今日は遊ばずに勉強しなければならない。これってお普通の感覚です。

 

でも、毎日この連続の人がいるのです。来るべき日のために、今日も明日も精いっぱい努力する、みたいな人。常に自分が進化していないと満足できないのです。それもアカデミックな面で、英単語のひとつでも漢字のひとつでもいいから覚えないとその日を越せないみないな人ですね。

 

これって一種の病気だと思いませんか?神経症系の。

もう少し進むと脅迫神経症に突入すると思えるのです。英単語一つとか、漢字一つじゃ気が済まなくなってくる。眠る時間をも削って邁進していく可能性が怖いのです。「人生は楽しむためにある」なんいう考え方からは大きく逸脱していきます。

自分が進化していないと怖くなってくるんです。生きるために自転車操業みたいに勉強し続けなければなrない。

今を楽しまずに、将来の為に今、この時間を使うと決めた瞬間からゆっくりと闇へと坂を転がりおちてゆくのです。

 

視野を広げる勉強の仕方にもいろいろあり、本人が楽しみながら見聞を広げる意味合いが感じられますが、その一方で少しだけ「日本一の課長になる」に通底するものを感じるのです。

 

自分が進化していないと怖くなってくるんです。生きるために自転車操業みたいに勉強し続けなければなrない。

今を楽しまずに、将来の為に今、この時間を使うと決めた瞬間からゆっくりと闇へと坂を転がりおちてゆくのです。

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