「もう消えてしまいたい」と思ってときに逃げ込む先と、それを狙う偽神

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消えてしまいたい、ってどういうこと?

 

消えてしまいたいとか、すべて忘れたいとか、自失願望とかって、文字通り自己否定の極限状態じゃないですか。劣等感でいっぱいの自分が嫌いで、居場所がない。嫌な雰囲気が漂っていますよね。

自己否定と聞いてすぐにイメージするのは極度のストレス、自傷行為、うつ病です。

そして、疲れた、誰かたすけて、その先にあるのが自殺。

癒しが一切なく、辛すぎて、苦しすぎて、もうこれ以上やっていられないという状態と、私なんて生きていたって意味がない、みんなに迷惑をかけるだけ、これ以上生き恥をさらしたくない、みたいな存在価値の否定。

 

何もやる気がでないから、放っておくどんどん沈んでいく。心の闇を一身に集めた憂鬱状態ですね。

一刻も早くカウンセリング治療しなければ、心の状態はねじれるばかりです。

 

 

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心の問題は相対的だが潜在意識が不幸をため込む

 

とはいうものの、悲しみとか、辛さは相対的な感情で、いま苦しんでいる事象よりも桁違いの不幸に見舞われると、囚われる先が途端に変わります。

悩みのタネがコロッと変わってしまうということがあるのです。

 

ただし、はじめの悩みのタネが解決しない限り、辛さは確実に蓄積します。
顕在意識で悩むネタが変わるだけであって、潜在意識は問題をため込むのです。
ある上限を超えたあたりから、その人はメンタルを削られていくのです。

潜在意識はごまかしが効きづらくできているのです。

「泣きっ面に蜂」程度ならまだしも、一難去ってまた一難が連続して襲ってくるといつしか限界となります。
不幸のダメ押しで、精神の弱い奴が狂いだすのです。

声に出して辛さを訴えるタイプはまだ分かりやすいけど、不登校や引きこもりのタイプは内側にどんどんため込んで、あるとき突然爆発する。周囲が気づいたときには悲惨な状態となっているのです。

状態が軽い場合にはヤケ酒あたりで対処できる。
飲んで、泥酔して、今いっときを忘れてしまう。酒の力で眠ってしまう。
今を忘れても、何も解決しないのはわかっているけど、今夜だけは好きなだけ飲ませてくれっていう小休止ですね。世の中のオヤジらはたいてい、酒に逃げますね。でも、目覚めた後の辛さを覚悟しての泥酔で、案外根性は坐っている。個人的には、たくましいと思うのです。

 

自殺と酒の中間に危険ドラッグや違法薬物が位置しています。脳神経を破壊しますから、辛い現実から目を背けるにはもってこい。脳神経が破壊されますか、辛い状態を意識・認識できない。

そのかわりに、薬が切れた時の反動は、二日酔いよりも何百倍も辛いわけです。糞尿を垂れ流し、口元はよだれでべたべた、言っていることも支離滅裂で人間とは思えない。結果は精神病院への収容が待っているだけで、最悪のパターンでしょう。

  

悲劇のヒロインと化す

 

問題の原因が自分自身のミスであって、その影響が甚大であるときに居たたまれなくなり自己否定が発生します。

でも、ミスの原因を自分の中で上手くすり替えたり、棚上げすることで、自分を逆に被害者に仕立て上げる人がいるのです。

被害妄想の一種で、周囲から責められ、逆境に追い込まれた可愛そうな私と自分を憐れむタイプ。

ほんのちょっとの手違いだけなのに、こんなにも痛々しい状況に追い込まれた理不尽な被害者というポジションに居座るわけです。

そこでスポットライトを浴びるのが悲劇のヒロインです。

かなり高度なテクニックで、痛気持ちいいらしいです。病的ですが被害者意識ってメンタル界の珍味なんですよ。

悲劇の渦中に居ながらにして、「自分を忘れたい」とは真逆の心情です。悲劇のヒロイン症候群にとっては、非難されればされるほど「同情されるべきなのに」、という気持ちが働くのです。

自己憐憫にひたって、可愛そうに、という同情が自分を取り囲んでいるのを強く意識するわけです。

「消えてしまいたい」とぃう感情が引き金になっているにも関わらず、もうそんな自己否定などこれっぽっちもありません。

可愛そうという言葉が元気の源で、涙をながしながらモチベーションがグングン上がる。

かりに、「自業自得じゃないか!」を言われたとしても、自業自得を歪曲して捉える。自分が悪いわけじゃないのに、原因すらも押し付けられて、なんて可愛そうな私、となるわけです。

  

なりやすい人は解離性同一性障害に逃げ込む

  

狂気とは自殺を避けるために発生する人命救済措置、とういうのをどこかで読んだのを覚えています。

「辛すぎて生きていられないと」という精神状態のときに、自殺へと倒れ込む前に自ら発狂して自殺を回避するというものです。

解離性同一障害を狂気と言ってしまってよいのかどうかの問題はありますが、明らかな精神疾患で、それも重篤な症状に分類できます。

自分の中に別の人格を作り、その時々で人格が入れ替わるという現象。なりやすい人を調べてみると、幼児虐待などの被害にあった人が陥ると言われています。

自分の父親から性的虐待を受けたとなれば、父親への思いは複雑になります。憎しみだけのモノトーンな感情であれば仕返しする手段は幾らでもあるわけです。

しかし、相手が親であるだけにそんなに簡単には気持ちの整理ができない。もし、性的虐待の事実を母親も知っていたとなれば、さらに気持ちは複雑に絡まってしまう。

自分の心をどう処理して良いか分からなくなり。別の人間へと人格を変えて現実に耐えるわけです。

 

同じ涙なら、切ないドラマの一本でも観て、涙活で気持ちをシャキッとさせればと思うものの、悲劇のヒロインは依存症ですから、どっぷりつかってしまうとなかなか抜け出せないのです。

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これらを狙っているのがカルト宗教という偽神

 

消えてしまいたい、自分を忘れてしまいたい、とメンタルが弱っている人を狙うのがカルト宗教です。

新興宗教の勧誘者に言わせれば、精神的にぐらついている人ほど勧誘の罠にかけやすいとのこと。

深い悩みに取りつかれている人は、自分を変えたいと、みずから啓発セミナーなどに参加してしまいます。死を選ぶ前に自分を変えられないかと暗いトンネルの出口を探すわけです。

そこには、カルト宗教独特の洗脳が大きな口を開いて待ち構えているのです。

メンタルが弱っている人を落とすのは彼らにとってはお手の物。

じっくり話を聞いたうえで、弱ったメンタルをもっともっと悪化させます。自失願望がある人に対して、追い打ちをかけるように責め立てるわけです。傷口をもっともっと広げて神経が麻痺するくらい塩をすり込む。

そのあとで救済の手を差し出す。「あなたの罪を浄化して魂を救い出すためには」といってカルト宗教に引きづり込む。

「心身に染みついたすべて全ての汚れを浄化するには、体ひとつで入信しなさい。そして教典に則って徳と積みなさい。」

といってすべての財産を教団へのお布施として取り上げる。

教団が経営する商売の手足となって最低の給与で働かせる。

厳しい修行に耐えれば耐えるほど、洗脳は深まります。自分の苦労を否定したくないと潜在意識が反応するのです。

潜在意識が取り入れてしまったら、洗脳を説くのは相当困難なのです。

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