面倒臭い感情が人生を狂わせる|点滴殺人・久保木愛弓も子供の自殺も

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殺人動機は面倒臭かったから

 

神奈川県横浜市の旧大口病院。
点滴に毒物を混入し、患者を殺害した久保木愛弓(31)。犯行の動機が「患者の遺族に死因を説明するのが苦手だったから」と一人目の犯行動機を自供しました。

自分が居ないときに息絶えるように点滴で時間を調整していたという理屈。

生かしておいても、どのみち死はすぐそこまで迫ってきている。自分が看護する時間帯に死なれたら、死因の説明や、死直前の様子、投薬の効果はどうだったのか、、、、と、それらの説明に苦慮するのが目に見えていたのでしょう。


だから別の看護師の担当時間に絶命するように一服盛った。

 

よっぽど遺族への死因説明が苦手だったか、今まで説明で相当苦労したとか、うまく説明できずに誰かに助けてもらったとか、遺族に吊し上げられたとか、、、、。

この看護師は死期迫った患者のケアという職務意識を失って、遺族に対する気遣いも見失っていた。人の生き死にを流れ作業みたいに受け止めていた。

 

「説明が苦手だから、面倒臭いからといって何も、殺すことはないだろう」ってことになりますね。人殺しは重大犯罪だぞ、と。

 

どうやらこの事件は久保木の単独犯ではなく、久保木よりも上の人間から指示が出ていたでしょうね。

病院ぐるみとまでは云いませんが、終末期医療病院が起こした『殺傷処分殺人』みたいな雰囲気感じませんか?

容疑者の久保木はまだ2人目殺人の再逮捕ですから、多少の余裕があって共犯者についてはまだ泥を吐いていないようです。

本当の自供と嘘の自供とが入り混じった状態で、警察の取り調べは進んでいますが、「自分が担当していない時間帯に絶命させることで、遺族への死因説明を回避したかった。遺族への説明が面倒臭かった」というのは本心のように思えるのです。

警察に殺害動機として自白した「面倒臭い」という感情は掘り下げてみると意外にも奥行があるのです。

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面倒臭い感情が人生を狂わせる

 

面倒臭い仕事は人をげんなりさせますね。見ただけで、聞いただけでため息が出る。人をやる気モードに喚起させる力が宿っていないのです。

なんの手ごたえもない仕事で、そのくせ時間だけはかかる。単なるやっつけ仕事で、誰がやっても結果に大差なし。

「空前絶後の超難問!オレがやらずして誰がなる!」みたいな必殺仕事人モードに切り替えさせるだけの存在感もない。

 

この何とも言い難い小生意気な雑用に正面からとりくむのは、やっぱり“面倒臭い”のです。下記のような面倒臭いジャンルの仕事を得意としている商売がありますね。

①    手間がかかる割に達成感のない雑務
②    いちいち細かいところにこだわるマニアック色の濃い仕事
③    自己満足の底が抜けるほど、ダメ出しをされるウザイ仕事

 

行政書士とか自動車保険会社とか。

弁護士となると数段各上でアカデミックかつ、権力的なイメージが有りますが、行政書士あたりは面倒臭いを食い物にしている商売です。マニアックな書面を作成して、融通の利かない役所に通す。

最近流行の自動車保険会社といえは、事故ったときの示談交渉からロードサービスまでと、これまで面倒な仕事を生業としています。

ああいう商売って、普通の人が面倒臭いの一言で済ましてしまう仕事を分解してするのですよね。なぜ、事故った時の示談交渉が面倒臭いのかを、示談交渉でやるべき事細かな業務まで全て洗い出して、いったいどこが面倒なのかを究明するのです。

すると、面倒臭い部分が小粒になってきて、そこだけを注意すればよくなる。

荷が軽くなるのです。

小粒化した面倒な部分を更に突きつめて、いくと幾つかのパターンに分かれる。

パターン化されて面倒臭い問題への標準的な対応策を作って、マニュアル化するというわけです。

こうしておかないと、対応する側のメンタルが持たないのですよ。

大口病院勤務だった久保木愛弓が、遺族への死因説明を面倒臭いと感じたのは、説明に自信がなく質問に対して筋が通
った答えができるかどうか懸念したのでしょうね。

「あたしが点滴に毒混ぜて殺したんだんから!」とは言えないから。

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面倒臭いの威力

ある中小企業が不況のあおりで経営難に陥ったとします。在庫が工場の片隅に積まれ、新規の注文がちらほら入ってくるだけ。従業員に払う給料を賄うために銀行に借入をお願いするものの、財務状態が悪いから貸し渋りにあう。

中小企業の社長は在庫をできるだけ高値で処分し、従来の取引差に今後の発注予定をヒアリングしなければなりません。

給料を待てる社員がいれば、待ってもらうよう交渉する。

結局、在庫処分はうまくいかず、この先の商売の見通しも明るくない。給料を待ってくれる社員もほとんどいなかった。

 

死んでしまうしかない。保険金で社員の給料を賄うのが一番簡単だ。社長は1週間後に自殺する決心します。

いままで付き合いのあった人への挨拶や、親や兄弟への最期の顔見せ。最後の晩餐のつもりで、良く通った居酒屋でしんみりと酒を飲む。全ての覚悟はできた。

が、そのタイミングで民事再生法という手段があることを知ったわけです。民事再生法の手続きを取れば、まだチャンスはあると。それと当時に、申請の為の複雑な手続きと準備する証明書の数々がある事も知らされた。

一度は死ぬ覚悟をしたのだ。死ぬ気になればなんだってできる。

この社長は、このあと民事再生法の手続きに入ったでしょうか?ここが、面倒臭さに惑わされるところなのです。

死ぬ気になれば何でもできる、とは言うものの、実際、死ぬ覚悟までしてしまうと民事再生法なんて面倒臭いんです。

いまさら幾つもの書類を集めて、経営難に陥った経緯を整理して書面にして、、、、、なんて面倒臭いわけです。

上記はワタシが考えたフィクションですが、おそらく社長は自殺でしょう。

 

 

中学生や高校生の自殺も後を絶ちません。

長期連休が明けた初日が一番危ない。夏休み明けの9月1日あたりは注意なのです。

夏休み中に親と念入りに相談したのです。9月1日の始業式の後、担任の先生に1学期虐めに合っていたことを報告して助けを求める。もし、それでも虐めが解消しなければ、教育委員会に直談判する。それが無効なら、下調べをしておいた別の学校に即、転校してしまう。

しかし、この子は9月1日、登校前に自殺してしまった。

転校するという最後の手段まで想定しておきながら、あっけなく自殺してしまった。

それはなぜなのでしようか?

 

学校を変えたって、虐めは何度でも繰り返し行われる。担任の教師も、教育委員会もどうせあてになどなあらない。

堂々巡りになるのは分かりきっている。

そんなことに振り回されるのはこりごりなのだ。何もかも面倒臭いのです。

 

重大な問題を解決するにしても、手段が難解複雑だと人間嫌気がさす。
ましてや一度、死を本気で覚悟した人間にとってみれば、そんなに面倒臭いことになるのなら、いっそ死んでしまったほうが、と思ってしまう。

面倒臭いが人を狂わせるのです。

だから問題解決の方法は、とっかかりだけでもシンプルがいいのです。
口を利きたくないモチベーション低下を、最低限の会話でやり過ごしながら社交性を上げていくようなのが望ましいのです

大口病院の看護師の毒殺事件。

面倒臭かったのでしょうねえ、殺すのだけは責任もって実行するから、それ以降はあたしの関知しないところで片付けて。面倒臭いことに巻き込まないでちょうだい。

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