自分なんかどうせ|悲劇のヒロインはアルコール依存症のようなもの

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ふざけんじゃねえよ!と被害妄想が爆発

 

何をやっても上手くいかない時、誰しも自分を過小評価するものです。
仕事で大失敗して、恋人にも振られ、なけなしのお金をはたいて買ったブランド物のバッグが偽物だったら、余裕で笑ってなどいられないのがあたりまえです。

こんな時あなたは、どんな気持ちになりますか?

①『ふざけんじゃねえよ!』と怒りが爆発する人。
②『どうせ私なんか、、、。』と悲劇のヒロインの被害者意識に浸る人。
③『何がいけなかったの?こんなにも不幸のダメ押しに合うなんて』と自己解析する人。

 

実際、前述の3つの不幸(仕事、恋愛、買い物)には必ず原因があったはず。あなたの落ち度でないとしても、どこかに上手くいかなかった理由がある。
でも、③のように、冷静に対処できる人は稀で、たいていの場合は、『ふざけんじゃねえよ!』と怒りがこみ上げ、時間の経過とともに平常心に戻っていく。

そのあとで冷静になって原因の究明へと気持ちが動きだすのです。

 

悲劇のヒロインは気持ち良いのです

 

 

ところが、『ふざけんじゃねえよ!』と爆発したあとで、自己憐憫の悲劇のヒロインにのめり込む人がいます。
『どうせ自分なんか、、、』と②の悲劇のヒロインへとのめり込むわけです。

自分なんかいなくたって、、、
自分なんかダメな人間だ、、、
自分なんかに好かれたって相手が困るだけだし、、、
自分なんかどうでもいい、、、

ここで感情が居座って先へとは進んでいかない人は要注意なのです。

何がいけなかったのか自分なりに解析しようとせず『どうせ自分なんか、、、』に留まる人は、俗に言う『悲劇のヒロイン症候群』に陥っているわけです。

彼女ら(彼ら)は、「どうせ」と言いながらも、反省もしていないし、自己批判もしていません。「かまってちゃん」と呼ばれ、めんどくさい人間の代名詞となっているのです。

 

『悲劇のヒロイン』とウエブ検索するとビックリするほどたくさんのサイトが出てきます。

世の中には自分を悲劇のヒロインという位置づけで生きている人がこんなにも多いのです。

特徴を簡単にまとめてみました。

①同情してほしいという心情を持っている。
②不幸から抜け出そうとしない。
③不運が重篤であればあるほど誇らしい気持ちになる。
④回りの誰よりも自分が一番アンラッキーな人生を歩んでいると思いたい。

 

この悲劇のヒロイン症候群には、ある種のメンタル的な安定感が備わっていています。
幸せな人生や、ラッキーな日々みたいなた我々がごく普通に願うハッピー感を諦めてしまえば、悲劇のヒロインほど安定した状態はないと潜在意識が受け止めてしまっているのです。どこかでマインドコントロールされてしまったわえです。

不幸なのだから、同情こそされ、決して責められる事はない、と洗脳されているわけです。

「可愛そうに、よしよし、暫く一人にしておいてあげよう。少し落ち着いたら、元気が出るようみんなで励ましてあげよう」と周囲が労わってくれると一人合点しているわけです。

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なぜ、悲劇のヒロイン症候群に陥ってしまうのか?

 

不運・不幸が脳に快楽を与えたのが原因です。

悲劇のヒロインに陥った人は、不運・不幸に遭遇したときはからずも、気持ちの良さを感じてしまったのです。
不運や不幸は幸せと反対の感情を呼び起こすと思いきや、必ずしもそうではないのです。アンラッキーがハッピーな気持ちにしてしまうことがあるのです。

病気で学校を休んだ時にだけ優しくしてくれる親がいます。

普段は勉強に厳しく、滅多な事では褒めてもくれない親が、風邪をひいて学校を休んだ時だけは、優しい言葉を掛けてくれる。体温を小まめに測って、お粥を運んできてくれる。

そのとき「ああ、このまま風邪が治らなければいいのに」と思うわけです。

 

しょせん、風邪ですから2,3日もすれば熱は下がり、体調も戻る。いつもの厳しい親へと戻っていくわけです。

学校を3日間休んだ分の遅れを取り戻す為に、観たいテレビ番組を我慢して宿題のプリントに時間を注ぐことになる。部活を3日間休んだのだから、グランド10周ランニング、と言い渡されるわけです。

これが現実の世界です。風邪という小さな不幸の後には、残酷な不幸が待ち構えているという現実を知るわけです。

「いつまでもメソメソしてるんじゃないよ!やる気のない奴はとっとと家に帰って!」みたいな喝が入る。

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喝が無い「ぬるま湯」が自己憐憫を招く

 

悲劇のヒロインとして自分をマインドコントロールしてしまうと、そこから抜け出すのはかなり厄介です。

アクシデントで遭遇した不幸であれば、みんなが救いの手を差し伸べてくれる。

何とか頑張って立ち上がって!と励ましの声をかけてくれる。でも、生ぬるい悲劇を堪能している人を、誰も助けようとはしてくれません。

被害妄想とじゃれ合っている精神疾患者を対手にしてくれるのは医者だけなのです。
虚言壁の「かまってちゃん」など、みんな御免なのです。

ウエブ検索で悲劇のヒロイン症候群を調べてみると、対処法がでています。

『悲劇のヒロインとは関わるな!』が正解であると。

関わってもろくなことにならないし、アドバイスして救い出せるものでもない、と結論付けています。

そこまではっきりとダメ出しされているなら、わざわざ悲劇を気取っていても意味はない、と思われますね。
そう、彼女らも、意味がないとわかっているはずです。でもそこから抜け出せない。克服できないのです。

悲劇のヒロインは気持ちがいい。痛気持ちいいんですよ。

自分は悲劇の渦中にいる可愛そうな女の子、という位置づけが最高に気持ちがいいのです。

ギャンブル依存症患者アルコール依存症患者が、それぞれの疾患のタイミングで脳から快楽物質が分泌されるように、悲劇のヒロインは悲劇である自分を想像した瞬間に快楽物質によって癒されているのです。

この脳の機能不全を治さない限り、悲劇のヒロイン症候群からは抜け出せないのです。

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