発達障害激増|2次障害の孤立と我慢できない被害妄想が結びついた

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発達障害と犯罪は無関係で片付けていいのか?

「発達障害と犯罪は無関係だ!」の風潮が優勢です。

東海道新幹線「のぞみ」で男性一人を殺傷、女性二人に重傷を負わせた小島一朗(22歳)が発達障害と診断され、「発達障害者は犯罪行為に走る、要注意」というコメントがテレビニュース、週刊誌で報道された。


発達障害者をケアする団体、家族から大ブーイングが浴びせられ、慌ててゴメンナサイをしたわけです。

若年層の犯罪で明確な動機が究明できなかったものを、いっぱひとからげに発達障害にあるとしてきた事への反論です。
発達障害者がまるで悪人であるかのような扱いを断じて許すわけにはいかない、と。

しかし、この勧善懲悪ストーリーの裏にはいかにも人間らしい背景がある。
単に発達障害者の名誉を守ろうという美談ではないのです。

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発達障害が検査で激増中

発達障害が流行っているから、発達障害者を悪者に仕立てるコメントが大バッシングを受けたのです。
流行り病のように発達障害と診断された人が増えた分声がでかくなったのです。

誤解を避ける意味で補足すると、発達障害者が物理的に増加したわけではないのです。
「生きずらい、仲間ができない、その場の空気が読めない」と思って精神科で検査をした人が、発達障害と診断されケースが爆発的に増えたというカラクリ。

診断されたことで本人が自覚し、言動を自粛する患者も増えている。できるだけその場の空気に馴染もうという本人の努力です。

日本全体が身内の一人に発達障害者がいても何ら不思議の無い状態になったわけなのです。

浅すぎる精神科医の書籍

無責任な精神科医はここぞとばかりに書籍発行に走りました。いままで黙っていた医者が、精神医科学の見地から「発達障害が犯罪行為に走ると考えるのは誤りだ」と良い子ぶった解説で支持を得ようと。

もっとらしい病理や統計学をちりばめて正論でぐいぐい押してくる書籍。
発達障害者の特徴として、空気が読めない、共感性が無い、が挙げられる。それが原因で仲間はずれにされたり、イジメにあったりする機会が増える可能性がある。

実際、発達障害で虐めにあい、解離性同一障害(二重人格)に陥るケースもあるのです。

その仕返しとして犯罪に走る人が出てくる可能性は否定できない、なんていう具合に筆をすすめる。

つまり、発達障害の2次障害として犯罪行為に走る可能性がある、と力説。

でも、ここで一例を挙げてボロを出してしまった。
少しだけ深みを出そうとして、実例を引き合いにだしたて無恥をさらけ出すしてしまった。

 

「佐世保小6殺人事件」・2次的障害で心が壊れる前に殺しに走った

 

2004年6月に佐世保の小学校で6年生の女の子が同級生をカッターナイフで刺し殺した事件がありました。
これを取り上げ、家庭裁判所の判決を否定しちゃったんです。

家庭裁判所はアスペルガー症候群であるとの診断から、自立支援施設への強制収容を決めました。
これに対して、著書では、交感日記やチャットで友人らと交流していたのだからアスペルガー症候群の「対人関係の障害」にはあたらないと反論し、「ただ、イライラをつのらせた結果、爆発したのだ」とチープな結論で締めくくってしまったのですね。

「イライラをつのらせた結果、爆発した」という、この浅すぎる見解。とても精神科医とは思えないアホさ加減に読者はドン引きでしょう。

事件を起こした小6女子には、発達障害がありました。
友人らが思わず後ずらりしてしまうような頑固で融通の利かない一面があって、彼女が参加する交換日記から友達が一抜け、二抜けし、とどんどん置いてきぼりを食っていた。孤立感を高めていたのです。

思った事を一呼吸おいて鑑みる、という普通のステップができないタイプの発達障害です。カッとして厳しい言葉で相手をののしる。自覚はありながらも、我慢できない。
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最悪の事態へ

ここで2次障害が発生しました。
彼女は友達の輪から取り残されたことで、不安定な精神状態に陥っていった。
(実家が一人、山の上の方にあって、バスケットボールの部活をも辞めたりもしていた。)

仲間のいない寂しさを紛らわせたのが、映画『バトルロワイヤル』だった。この映画のシチュエーションに自分を投影することで寂しさを紛らわしたわけです。自己肯定感を得る為に友達どうしが殺し合う物語に陶酔していったのです。

単純に仲間と喧嘩をして一人ぼっちになったのなら、『バトルロワイヤル』になどにのめり込まないのが普通です。自分には人間関係をうまく築くことができないと知っていたからこそ、人間関係など何の価値もないと自ら思い込ませようとした。

本来人が安堵する人情物語ではなく、『バトルロワイヤル』の仲間どうしが殺し合うストーリーが、安心感を与えたわけです。友達なんてしょせんうわべだけの間柄。本当はお互いに憎み合い、スキを見て足元をすくいにかかる敵どうしなのだ、と。

発達障害によって孤立し、取り残された自分がありながら、そんな自分は惨めな存在なんかではない。みんな、本当は一人ぼっちなのだ。

こんな現実離れした思いで自らの心を満たさなければ、居ても立っても居られなかった。
ブログページへの無断な書き込みで数ヶ月前から仲たがいしていた、友人〈11歳)の首をカッターナイフで切り割き、殺してしまった。

あの殺人は「イライラをつのらせた結果、爆発した」ものなどではないのです。綿密に計画的され、映画『バトルロワイヤル』に現実逃避を図らずにはいられなかった11歳の少女の悲哀が隠されていたのです。

昼休みに仲たがいしていた相手を人気のない音楽室に呼び出した。事前にカーテンを閉め、外からの視線を遮っておいた。

椅子に座らせ、目隠しをしたのち後ろから切り付けたのだ。息絶えるまで、血だらけで横たわった友人を見下ろしながら、ときおり足先で突いた。
15分たって完全に息絶えたのを確認してから、教室へと戻っていった。

警察が現場に駆け付け事態を把握したとき、彼女はまるでふてくされたような表情でいたと言います。

イライラをつのらせたうえでの爆発などではないのです。
これは発達障害がもたらした最悪の悲劇だろうと思うのです。発達障害が殺人とは無関係だとしても、2次的障害はらんでいるのです。

「仲間はずれや孤独を逆恨みした犯行に注意しろ!」と考えるほど単純なものではない。
発達障害は脳の障害です。
そこには小島一朗のように「ただ、誰でもいいから殺したかった」という欲望を我慢できない特徴と、自分には殺す権利がある、という被害妄想がアスペルガー症候群には隠されているという点なのです。

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