いじめに合ったら即逃げろ|しつこい相手なら登校拒否か引きこもり

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イジメの自己防衛手段は登校拒否と引きこもり

 

イジメにあったなら逃げるが一番なのです。

しつこい相手なら登校拒否でも引きこもりでも構いません。

とにかくイジメの環境から自分の身を安全なエリアに移動する。

自分の身は自分で守らなければならないのす。

 

たった一人でイジメられていたら、その環境を改善する有効な手段なんて皆無だからです。

イジメで自殺する子供があとを絶たないのはなぜなのか?

イジメが行われるのは学校の中ですよ!

教師がしっかりと目を光らせていればいいのですが、それがまともに機能していない。

うすうすイジメらしきものがあると知りつつも、教師は忙しすぎるわけですよ。

生徒に悟られないようにイジメについて探りを入れて、事実をしっかり把握する時間はない。

でも、それは言えない。

忙しすぎていじめ問題にまで手が回りませんとは言いづらいのです。

だから、事なかれ主義でしばらく放置するわけです。

ここに、負のスパイラルの起点が存在している。

ブラック企業と一緒です。

忙しすぎてこれ以上仕事を受け入れたら病気になってしまう、と教師も自己防衛に入るわけです。

中学教師の8割がひと月の残業時間は100時間を超えているのですから。

 

イジメ対策を取るべき教師が、別の仕事でアップアップしてしまっているわけです。

教師を非難しているわけではないのです。

子供も親も、教師の立場を知っておくべきだということです。

そうすれば、おのずとイジメ問題に関して、教師をあてにできないと腹をくくれるわけです。

担任の教師があてにならないなら校長だって同じです。

その学校を指導する立場の教育委員会だって全然頼りになどなりません。

誰の責任だ!と啖呵をきることはできますよ。

でも実際問題としてイジメ問題を解決することは担当教師、校長、教育委員会には100%できません。

不幸が起こる前に、使えない人たちに期待をもつのをやめようと言っているのです。

 

学校はイジメがあったという事実を認めません。

100%知っていたはずですよ。

でも、イジメはなかったと口をそろえる。

だって、認めてしまったらイジメをやめさせられなかった学校の無能さが世間に露呈されますから。

イジメをやめさせることができなかったのは教師の能力が欠落していたからではない。

イジメと向き合う時間が無いからなんです。

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イジメが子供を自殺に追い込む、でも刑事事件にはならない

 

14歳以下だったらイジメられ損、殺され損、自殺損になる。

14歳未満は触法少年で刑事責任はとわれません

まだ責任能力が無いから、犯罪を犯しても罪には問われないという理屈です。

逮捕されることも、刑罰を課されることもないのです。

 

少年法の適用が14歳から20歳ですから、それより若年に相当します。

基本、警察でなく児童相談所がでてきて問題を対処するわけです。

児童相談所に恨みはありませんが、取り調べや事情調査ははっきりいって素人です。

極度に事件性の高いもの(成人の犯行だったら凶悪犯行)だったら、警察が任意での取り調べに関わるわけです。

家庭裁判所で、その後の処分が決められていくわけです。

 

毎日毎日いじめ続けた子供が遺書を書いて飛び降り自殺をはかったとします。

この背景を調べるのが児童相談所と家庭裁判所ですから、学校としても緊張感が希薄なわけです。

だからイジメはなかった、とハッタリででてくる。

そして、次にイジメはあったようだが知らされていなかったと二段目に下げるわけです。

児童相談所が調べきれない生なしいい事情をマスコミが調べ上げて、どうにも言い訳ができないところまできてようやく謝罪するわけです。

こんな環境で学校にイジメ問題を任せておけますか?ってことです。

週刊誌がイジメによる自殺をネタとじゃれ合っているのを読むのは勝手ですが、学校体制の是非なんかはこの際無視して、イジメに合った時にどうすべきかを子供の頭に叩き込まなければならない。

逃げろ、です。

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うちの子に限って、では取り返しがつかない

 

イジメられっ子にはある種の傾向があります。

でも、それは100%ではない。

うちの子はイジメになど合わない、と高をくくってはいけないわけです。

だれがイジメの標的になるかはわからないのです。

そして、それまで友達だったはずの仲間から見捨てられ、担任の教師に相談してイジメはエスカレートする一方。

思い切って両親に相談するも、学校にクレームをつけるだけで何ら変わりはない、と失意のどん底に落とされたことには心はボロボロになっている。

何の手も打てないまま2ヶ月も、3ヶ月もが経過する。

自分を救える人など、この世にはいない、と思いつつ人間不信に陥っていく。

メンタルが削られて、重篤な精神疾患へと足を踏み外しそうになっていく。

メンタルが元気なうちに、逃げられるうちに逃げるしかないのだ。

 

不登校、上等じゃねえか!

 

昼と夜の境目のない怠惰な生活の延長線上に引きこもりは位置しています。
規則正しい生活のひきこもりも見たことがない。

 

登校と欠席のバランスが崩れ、出席日数が足りない状態にのめり込んで、この際だから不登校生徒になっちまえという自己破壊的なイメージです。

出席日数がきっかけとなって、学校という舞台から降りるケースです。

 

ずる休みが際限なく長期化したものが不登校とか引きこもりと考えられていて、教師や親は腫れ物にさわるように不登校児に問いかける。

通学に気乗りがしない理由なんて幾らでもある。
勉強が苦手で授業についてゆけない、プールの授業が嫌いだ、席替えで嫌いな子が隣にすわっている、クラスでイジメにあっている、等々。

だが、不登校を決め込んだり、引きこもりで部屋に閉じこもるには、自滅を意味するようで足を踏み入れたくないと普通は考えるのです。

 

ポンと背中を押してほしい

 

不登校や引きこもりにモードを切り替えるには勇気が要ります。

健全でない気がするわけですから。

いよいよ一線を越える、というときに怖気づくのです。躊躇してしまうのです。

負け犬に成り下がったような切なさを伴うかもしれません。

問題を解決して胸を張って学校に行くのが望ましいのはわかっています。

現実逃避モードがどうにも引っかかるのです。

でも、イジメにあったら逃げるしかないですよ。

それも精神的なダメージが軽いうちに。

  

だれも背中を押してくれないかもしれない


登校拒否や引きこもりを決め込むのが自分の弱さではないとお墨付きが欲しいのもわかります。

本人なりにロジカルな理由にもとづいて登校拒否や引きこもりに突入したとしたいのです。

自分の甘えではない、あくまでも他責によるものと位置付けたいのです。

 

引きこもりの根本には罪悪感や罪悪感が横たわっています。
それを払拭するために、ここは登校拒否が最善の策だ、誰かにポンと背中を押してもらいたい。

でも、誰も登校拒否や引きこもりをすすめてなどくれません。
現実のイジメ環境のカラクリを知らない大人が、背中を押してくれるわけがない。

そんなのを待っていたら、ほんとにメンタルを病んでしまのですよ。

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