少年犯罪コンクリ|非行・反抗期ではスルーできない凶悪の内側

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女子高生コンクリート詰め殺人事件

昭和631125日の夜、東京都足立区綾瀬でアルバイト帰りの女子高生が誘拐された。


犯人の未成年男子4人は40日間彼女を監禁し、暴行し、殺害したのち死体をドラム缶に詰めてコンクリートで固め、遺棄した。

 

女子高生コンクリート殺人事件である。

犯人の一人の家の二階に監禁し、何度も輪姦し、やがて凄惨なリンチと暴行へと発展していく。


3年B組金八先生の主題歌を歌いながら、「がんばれ」のところでパンチを見舞う。

パンチを受けながら、「がんばれ」と声に出せと強要する。

痛みをこらえろと言う意味だ。

化粧をしてやると言ってマジックで顔面にひげを描き、ディスコは好きだろうと裸にして躍らせた。

電車の追突事故があって、お前の父親が死んだ、と女子高生に聞かせ「悲しいか?」と聞くと、「悲しいです」と答えた。

「ウソだよ、どんな気分だ」と聞くと「嬉しいです」と答えた。

そしてまた「本当は死んだんだ」と暴力と凌辱を繰り返し。

苦痛に慣れてきたのか、体力・気力が限界に近づいてきたのか、反応が鈍くなると今度はジッポライターのオイルを脚にたらして火をつけた

 

少年らは熱がって脚をバタつかせるのを面白がってみていた。

火傷が化膿し匂うようになった頃から性的興味を失うようになった。

「こいつ、なんとかならないのか」

そんな会話が少年らの間で飛び交うようになった。

12月の下旬には自力で歩くのも不自由になっていた。

倒れて動きが鈍くなった女子高生でも、パンチがもろに入ると全身を硬直させて痙攣する。

顔面は頬骨が鼻の高さに並び、目が判別できないほど腫れ上がった。

そこにロウソクをたらし、おしっこを飲ませた。

血が飛び散るからとビニール袋を手にはめて殴り続けた。

パンチじゃあ効かないと鉄球のついた鉄アレイで殴ると、動かなくなった

ライターのオイルをかけて火をつけると最初少しだけ動き、息絶えた。

少年らは死体をカバンに押し込んでドラム缶に放り込みコンクリートで固めだのだ。

 

少年はなぜ残忍な犯罪にのめりこんだのか

戦後の日本で起きた殺人事件のなかで最も残酷非道な仕打ちの殺人事件。

4人の残虐非道な行為を肯定できるもの者などどこにもいない。


考えなければならないのは、成人にすら満たない少年がいかにモンスター化していった背景だ。

 

彼らの生い立ちの過程で何があった?

何が、あんなにも凶暴な人間を作り上げたのか?

それを調べ上げるために公判が開かれたのです。

 

未成年による凶悪犯罪(殺人事件)少年法を適用して裁かれていきます。


刑罰で懲らしめるのではなく教育で立ち直らせるべきだという考え。

その根底には、少年法が適用される20歳以下では「まだ道徳心が確立されていない、精神面が未熟で善悪の分別ができていない」という半ば生物学的・脳科学的な見解が下支えとして存在しています。

 


そんな解釈を納得する被害者遺族など皆無でしょうし、教育が極悪非道の少年にどれだけ有効なのか立証してほしいとさえ感じます。

先日たまたま手にしたノンフィクション『女子高生コンクリート詰め殺人事件(佐瀬稔著)』に4人の凶悪犯罪者(全員未成年)の生い立ちが克明に描かれていました。

最も残虐で攻撃性の強かったリーダーの横山裕史をとりあげ、彼が成長していった人的環境を検証したいと考える次第です。

 

主犯格の少年、横山裕史(旧制、宮野裕史)は証券会社につとめる父親とピアノ教師の母親との間に生まれた。


家庭を顧みない父親の代わりに、ピアノ教師をしていた母親が一人で家計を支えていた。


裕史は母親の仕事が終わるのを待ちながら花壇や鉢に咲いている花を次々に引き抜いていたという。

 

 


親子がそろって夕食を食べた記憶がない。


裕史は近所の家に預けられ、母親が夜遅くに迎えに行くという生活サイクル。


小学校1年生になった時に、妹が生まれ父親は妹だけを可愛がった。


裕史には目もくれず、妹だけに好きなものを買い与えるのをみて「父親なんか死んでしまえばいい」という感情が芽生えた。

家の金を盗んでは駄菓子屋に行った。


それを知った厳格な母親は裕史を叱り、引っ叩たいた。


靴ベラで顔面を叩かれたのを後々まで覚えている

母親は裕史の教育に力を注いだ。


英語塾に通わせ、公文式算数テストを受けさせ、夜遅くまでつきっきちりで勉強をみた。


だが、ここにきて母と息子のボタンの掛け違いが露呈してくる。


小学校高学年になり集団万引き、ケンカ、校内暴力へとのめり込んでいく。

教師に叱られても一向に止む気配はない。


ついに「もう学校にくるな!」と学校から締め出される。

数日経過したのち教師から学校に戻ることを許されたが、相変わらずのケンカ、万引きで目を付けられてしまう。

 

 

ある日、教師から殴られて帰宅した。


母親にその事を話し、誰にも言わないでほしいと口止めをした。

翌日、学校で再び教師に殴られた。


母親が学校に抗議したのだ。

もう誰も信用できない。


母親に対する強い不信感をかかえることになった。

 

小学校6年生になると家庭内で母親を殴るようになっていた。

 


髪の色を染め、柔道や空手を身に付けたうえで万引きを繰り返し、外泊を常とした。


盗みも、暴力も、微塵の抵抗なくやってのける。

悪い事をするのが生活の一部で、かっこいいと考えるようになっていった。

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中学入学のターニングポイント


東綾瀬中学校に入学すると生活が一変した。

付き合う相手が変わったのだ。

頭の良い親友に恵まれた。

彼と話していると悪い事がむしろバカバカしく思へてきたと言う。

一通りワルをやり尽くした。

だからもう止めよう、そんな気持ちになっていった。


大きなターニングポイントだった。

親友とともに柔道部に入部し、裕史はめきめき頭角を現した。

 

充実した中学校生活を満喫するようになっていった。

ケンカを持ちかけられても、柔道部が大会に出場できなくなる、という気持ちにまで精神的に成長していった。

 

 

親友とともに3年間柔道を続け、柔道特待生として東海大学付属高輪台高校への進学が決まった。

今まで以上に柔道に情熱を傾ける。

3年生との乱取り練習で、先輩をも容赦なく投げる。

上級生とて手を抜かない全力の技の掛け合い。

すると投げられた3年生は練習の後で顧問の先生に殴られる

下級生に投げられるとは何事だ、と喝を入れられる。

その後で3年生が裕史を生意気だと言って殴る。

次の練習で裕史が先輩に手加減をすると、裕史が先生から殴られる。

 

昨日は上級生を投げ飛ばしたのに今日はなぜ力を出さない、と。

柔道部全体に裕史の名前が知れ渡るようになった。

上級生からのイジメ

生意気な一年坊主がいるから、少し思い可愛がってやろとかと陰湿なイジメが始まった。

100キロ強の階級違いの3年生が相手をして出てくる。

力の差は歴然としていて、何度も何度も投げ飛ばされる。

絞め技で4回も5回も失神させられる。

それでも歯をくいしばって足を取りにとびかかる。

それが気にくわないとまた3年生に叩きのめされる。

殺虫剤を火炎放射器のようにして吹き付けられたこともあった。

鉄アレイで耳を挟まれたこともあった。

裕史は逃げ場を失い、心の闇がうずきだすのを感じた。

そして再び学校の外での暴力沙汰、家での母親への暴力へと生活スタイルを変えていった。

悲鳴を上げて逃げる母親を殴り蹴る。

 

 

 

家の窓ガラスを粉々に割り、それでも収まらないと手当たり次第、部屋の物を破壊した。 

ついに高校を自主退学する。


裕史にはもう何かを信じる気力がほとんどない。


 

 

荒んだ生活の中で唯一の救いがガールフレンドの存在だった。

真剣な交際だった。

真面目に地道に生きていきたい

高校中退の裕史がガーフルレンドとの将来を築き上がるためには安定した仕事をしなければならない。


家の近くのタイル工事業者で働くことになった。

不良らの気持ちを理解する親分肌の社長の元で、タイル工事の修行に力を傾けた。

早く一人前になって、少しでも高い給料をもらいたい。

そのためにはタイル工事の腕を磨くとともに自動車免許を取得する必要があると裕史は考えた。


一人前になって、トラックで材料をもって出かけ、仕事をしたのちトラックで戻ってくる。

短期間で免許を取得するために合宿の教習学校に申し込むことを決断した。

しかし、ここが運命の分かれ目だった。

 

教習学校で暴力団員と出会い、酒・麻雀の生活へと引きずり込まれてしまう。

更に暴力団極東久美傘下の組織が強引に連絡をとってくる。


花屋の店番、街中での花売り、事務所の当番を押し付けられるようになる。

現実から目を背けるように、このころからシンナーを吸うようになっていく


何とかして、この暴力団から抜け出さなければ人生は滅茶苦茶になってしまう。

指を詰めるのを覚悟で暴力団を辞めたいと申し出るが、そのたびに豪華なレストランやクラブに連れて行かれ酒を飲まされる。

 

組の金で飲食をすればするほど、抜けられなくなる。

組を辞めよとすればするほど、辞めづらくなる負のスパイラルにのめり込んでいった。

 

 

 

 

 

 

人生を諦める


ガーフルレンドとの結婚などもはや出来やしない。

中学に入学した時に親友の力で縁を断ち切ったはずの暴力、盗み、強姦が日常化している。
そこにもはや手遅れという後悔が裕史を焦らせる。

シンナーでモウロウとするときだけ強烈なストレスを忘れさせてくれる。


4
人グループのリーダーを必死に演じているが、もはや正気でいられる状態ではない


爬虫類の幻覚と、気味の悪い幻聴に取り囲まれる。

現実から目を背けなければ正気を失ってしまう。

裕史は急激な勢いで破滅の道を突き進んでいった。

そして、女子高生コンクリート殺人事件の主犯として女子高生に声をかけたのだ。

 

 

 

 

 

 

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真実から目を背けるための犯行

 

堅気として地道に働くターニングポイントを逃した宮野裕史は破れかぶれになっていた。

もうまっとうな生き方などできやしないという悔しさと、暴力団に引きずり込んだ連中への憎しみと、結局足を洗えなかった自分への憤りが混ざり合っていた。

誰が悪かったのか、何が原因だったのか、どう対処すべきだったのか。

今更そんなことを考えたって手遅れた。

宮野は考えることを辞めた

無理やり心に蓋をするために、なんでも構わないから別の関心事をつくらなければならない。

そして女子高生の監禁と暴力が始まった。

 

 心に蓋をしようとした4人の少年たち

 

人間の心に蓋など簡単にできるわけはない。


気持ちの整理ができていない宮野は四六時中未練がましい後悔に苦しめられる。

それを掻き消そうと女子高生への暴行は残酷さを増していく

 

他の3人の心のメカニズムは宮野とは異なっている。

殴る蹴るなら日常ごとだが、宮野の指示は許容範囲を越えていく。

脚の火傷が化膿して悪臭を発する。

「大変は傷を負わせてしまった、急いで手当をしなけば!」とリーダー以外の3人は考える。

このままでは死んでしまうかもしれない、という焦りをリーダー格の宮野が抑え込んでいたのだ。

へらへらと笑いながらさらに暴行を加え、心配とは逆の心理を優勢に持って行く。

「脚の火傷など大した怪我じゃないさ」と自分を納得させなければ怖くていられない。

そのためには、もっともっと酷い暴行を加え続けなければ心が受け付けてくれない。


ロウソクでも持ち出してこない限り、脚の火傷が軽傷なのだと思い込むことはできないのだ。

 

少年はなぜ残忍な犯罪にのめりこんだのか

 

昨日までごく普通だった家族がある日突然、犯罪者をかかえた加害者一家になってしまうリスクは誰にでもあるのか?

両親が共働きだからとか、片親だからという事情だけで思春期を迎えた子供が裏社会へとのめり込んでしまうものなのか?

不幸な偶然が重なっただけでかくも残酷なモンスターへと変貌してしまうものなのでしょうか?


女子高生を複数人で強姦し、執拗に暴力をふい、ライターの油で体の一部を焼く。


強引に酒を飲ませ、裸にして躍らせ、そして再び殴り、蹴る。


身体の一部が腐り、もうそばに置いておけないとなるとドラム缶に入れてコンクリートで固めて港に放置。


未成年とは、こんなにも精神的に危うい存在なのでしょうか?

宮野裕史の家庭の事情を見てみるに、さほど劣悪な環境とは思えない。


母親は厳格で教育熱心ではあったが、度を越すほどでは決してない。


裕史の生い立ちには大きなターニグポイントが幾つかあった。

 



中学校に入学してできた親友の存在は、それまでの裕史生活を一変させた。

しかし、高校での柔道部で受けたイジメから、再び荒んだ人生へと戻されてゆく。

 

宮野裕史の生い立ちを改めて簡易表にまとめてみると、この程度の不幸でたやすく負のスパイラルに飲み込まれていくメンタルの弱さを感じるわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 



たいていの人はこのくらいの試練は自力で克服して成人へと成長しているじゃないですか。


母親の仕事に待たされて、こんなに退屈な思いをさせられているのだから花壇の花を一本残らず引き抜いたって許されるのだ、という自分勝手な思い込み


厳格な母親から生き物を大切にしなければならないと教育されているはずが、わざとそれを逆手にとったような反抗心が見て取れる。

 

父親が妹だけを可愛がり、好きなものを買い与えたという依怙贔屓から、家の金を勝手に使ってやるというひねくれた考え


母親に叩かれたのがよっぽど悔しかったのか、高学年になって母親よりも体力的に勝ってきたらDVで母親を苦しめてやると心に決めていたようなところがある。


中学生くらいになれば、自業自得だと理解できるはずが、いつまでも恨みがましく思いつめている執念深さ


家から追い出したわけでもなく、近所の家庭に預けて母親はピアノ教師として家計を支えている。


一人にならないよう近所に預かってもらうというところに気配りにいつまで経っても気づかない。


一緒に夕飯を食べたことが無い、と愚痴る


小学校の低学年であれば家計を支える母親の立場までは理解できないかもしれない。

しかし、なぜ高校中退の年齢なっても親の気持ちがわからないのか?

厳しく学業に取り組ませよとする母親のプレッシャーなど掃いて捨てるほど転がっている。


一緒に夕飯も食べないくせに、厳しい事ばかり言いやがって、という心根が透けて見える。

 

高校の柔道部での練習で3年生を投げ飛ばして目をつけられた、と当時を振り返っています。


言葉では表現されていませんでしたが、宮野裕史にも空気を読めない発達障害的な問題があったのではないか。

幾ら柔道が強いといったってオリンピック代表選手に選ばれるほどではないはず。

柔道の強豪校であれば裕史くらいの選手はこれまでいくらでもいたはず。

部活動での暴力沙汰が問題視されるような学校でないのだから、下級生は自分の実力を推し量りつつ、先輩の顔も立てながら乱取り練習をする文化があったのではないのか。

恐らく、裕史には空気の読めない、普通と違う雰囲気を漂わせていたのではないのかと思うのです。

 

公判が始まってまもなく心理鑑定が行われました。

やはり普通とちがう得体の知れなさが、公判の受け答えの中で感じられたのでしょう。


結果、精神病質者との診断をくだされます。

裕史は「爆発性・情性欠如の精神病質者で早幼児期脳障害による人格形成病理がある」とのこと。


脳の形態学的、電気生理学的異常が証明され、行動・性格面で問題が認められたとのこと。

 

宮野裕史が生まれつき普通でない。


ほんの些細な不条理でも、自分の中で消化できない余裕のない人間

いつ爆発するか分からない爆弾を腹の中に抱え込んでいるサイコパスだったのです。

 

未成年に対する心理鑑定の信憑性がどれくらいのものなのかはわかりません。


それでも、明らかに宮野裕史からは普通とは異なる雰囲気が漂っていたのでしょう。

人格障害という生まれつき持って生まれた悪質な脳不全を。

彼は、女子高生をコンクリ―トに詰めて放置し有罪判決を受けました。

でも、それは少年法の理念で彼を更生させるためのプログラムだったのです。

宮野は出所したのち、再び2013年振込み詐欺罪で逮捕されているのです。

 宮野の下のサブリーダーは出所後、暴行で逮捕されています。

少年法で減刑しておいて、出所するとすぐに再犯に走る。

少年法を適用して意味があるのは普通の少年が犯罪を犯した場合。

人格障害の子供には教育的拘束など何の役にもたたない。

精神鑑定とか心理鑑定をするなら、一層これを噛みしめなければならない。

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